◆行程8日目 コンチアムからロイエットへ
       コンチアムから、ウボン経由でロイエットへ   2017/11/16(木) Google map 
Wat Tham Khuha Sawan の横の展望台へ



■5:36 ムーンリバーに架かる橋には、朝靄がかかって幻想的だ。



■5:38 ムーンリバーの橋の上から、メコンとの合流地点を望む。東の空が赤くなって来た。


■5:47

「ふうみん」のコンチアムでの定番となっている朝日の撮影スポットである Wat Tham Khuha Sawan に向かう。

この寺院の横にある、丘の上の展望台に到着し車を停める。


■5:48

丘の上の展望台からは、残念ながら朝靄で全く見えず。

これでは仕方がない、コンチアムに向かおう。


コンチアム(Two Color River View Point)



■5:57 急いでコンチアムの「Two Color River View Point」に到着し、茜色に染まる東の空とメコンの水面を望む。



■5:57 対岸のラオスの山に朝靄がかかり、朝日を浴びてピンクに染まる。まさに幻想的な風景だ。



■6:09 朝日が Two Color River の水面を染める。大自然の色彩ショーに、声もなく見つめるのみ。


■6:18

コンチアムの市場は、早朝から大勢の人が集まり活気にあふれている。


■6:18

朝取れの新鮮な魚介類が台の上に並ぶ。


トーセンリゾート


■6:37

トーセンリゾートの「Graden Terrace 」というレストランで朝食を摂る。


■6:38

以前より温かいメニューが増えたようだ。


■6:47

豪華な朝食を、メコンを眺めながらいただく。


■7:01

新鮮なフルーツと、甘い紅茶。


■7:04

メコンと対岸のラオスの風景は、何度見ても見飽きない。

これが、多分見納めと思うと余計に感慨深い。


■8:15

ウボンラチャターニーを目指し、トーセンリゾートをチェックアウトする。


ウボンラチャターニー(Ubon Ratchathani)へ


■8:28

早朝に来た、「丘の上の展望台」の脇を通り抜ける。

すっかり、朝靄も上がったようだ。


■8:46

ムーンリバーに沿って伸びる2112号線を走る。

途中のバーンコーンサイ(Ban Khawn Sai)では仏具店が並ぶ。

お店の数は、以前より増えたみたいだ。

「ふうみん」は、この辺りの店で700バーツで買った銅鑼を今でも部屋に飾ってある。



■9:18 ビブンマンサハーン(Phibun Mangsaharn)からは、片道2車線の217号線をウボンラチャターニーに向けて快適に飛ばす。


■9:42

ムーンリバー架かる橋を渡り、ウボンラチャターニーの市街に入る。


ワットスパッタナーラーム(Wat Supatnaram)



■9:44 ワットスパッタナーラーム(Wat Supatnaram)に到着。この寺院はイサーンで最初に建てられたタマユット派の寺院。


■9:45

ワットスパッタナーラームに来た目的は、「サンボールプレイクック様式」のまぐさ石を見たいからだ。

「ふうみん」は以前も訪問したことがあるが、何処にあるか分からなかった。

今回は、事前に「東南アジアの遺跡を歩く」の著者の高杉さんに会い、本堂とは別の建物にある事を確認して来た。

この、寺の博物館に迷わずに入る。

入り口には、ジャヤヴァルマン7世のレプリカが飾られている。


■9:46

博物館の中には、目的のまぐさ石がない。

なんと、いくら探してもない。

この博物館にあると思っていたので、内心焦ってくる。


■9:52

一旦車に戻り、目的のまぐさ石の載っているタイ語の本を持ち出し、該当ページを開いて受付の僧侶の所に行く。


タイで購入したタイ語の遺跡の本


■9:54

僧侶は本に掲載されている写真を見て頷き、別棟に案内してくれた。

しかし、写真撮影は「ダメ」だという。

そんな殺生な!わざわざこの本を頼りに日本から来たのに!と訴える。

僧侶は困惑し、「ふうみん」を責任者である高僧の所に連れて行って頼んでくれた。

高僧は本を熱心に眺め、撮影を許可してくれた。「ふうみん」はお礼を述べて、深く頭を下げた。



■9:58 これが、クメールで一番古いサンボールプレイクック様式(Sanbor Prei Kuk Style)のまぐさ石。先ほど通って来た、ビブンマンサハーンの「Wat Sra Kaeo」から運ばれて来たという。このまぐさ石に10年越しに会えて感激だ。

扶南の属国であったクメール(真臘)は、北のチャオプラヤ川からムンリバーを伝ってメコンに到達した。そして、600年頃にマヘンドラヴァルマン(質多斯那・チトラセナ)が第4代の王位に就き、メコン中流域からカンボジア北西部までを領域とし、サンボールプレイクック都城の南グループを建立した。

そのマヘンドラヴァルマン王は、コンケーンまで兵を進めイサーンの地に凱旋碑文をいくつか残した。そして、その後にこの地を放棄したようだ。とすると、このまぐさ石はその時代に造られたものなのか。

サンボールプレイクック様式(610~650年)とは、インドの建築装飾であるマカラを両端に配し、その口から吹き出されたアーチ上に1つか3つのメダルが配置され、下に花輪(蓮の花)が垂れ下がる。しばしば、マカラの上に乗る人物が彫られる。



■9:59 その他にも色々な時代の遺物が保管されている。


■9:59

この石碑の碑文は古代クメール文字で、マヘンドラヴァルマン王の凱旋碑文らしい。

多分、貴重な石碑だろう。


■9:59

この付け柱の守門神(ドバラパーラ)は、スリンにあるシーコラプームと同じ頃ものだ。

ということは、12世紀のスルーヤヴァルマン2世の治世のものかな。


ウボン国立博物館 (Ubonratchathani National Museum)


■10:25

ウボン国立博物館 (Ubonratchathani National Museum)に入館。


Bronze kettle drum

2000~1500 years ago



■10:27 コンポンプリア様式(Kompong Preah Style)の大変めずらしいまぐさ石だ。「ふうみん」は、こことベトナムの博物館でお目にかかっただけだ。まぐさ石の真ん中部分が欠けているのがとても残念だ。

コンポンプリア様式(700~800)とは、アーチの代わりに花綱が彫刻され、両端は大きく内に巻かれる。全体的に葉状文様が多くなり、中央上下には葉状文様が流動的に装飾される。


■10:28

GANESHA

KHMER ART, KOHKEY STYLE,

10TH CENTURY


■10:30

LION

KHMER ART, BAPHUON STYLE,

11TH CENTURY


像の下の説明文を読んで、とても嬉しくなった。

KAM KHUAN KAEW DISTRCT,
YOSOTHON

この像は、これから向かう遺跡から出た獅子像だ。



■10:45 博物館の外にも摩耗したまぐさ石が数本飾ってあった。確か以前にはなかったと思う。多分、新しく発掘された物を展示したと推測。

LINTEL 「3頭象のアイラーヴァタに乗るインドラ神」 KHMER ART, KHLEANG STYLE, 11TH CENTURY


インドチーン(Indochine)


■11:21

少し早いが昼食にしよう。

「ふうみん」たちのウボンでの御用達レストラン、ベトナム料理のインドチーン(Indochine)に入る。


■11:25

店内は、まだ昼には時間があるので空いていた。

7年振りの訪問とあって、懐かしがって店内を見渡す「yayo」。


■11:32

この店に来るのは、数えて見たらたら7度目になる。

タイの東の端にあるウボンのレストランに、日本から14年間に7度も来るなんて、よく考えたらとてもおかしな話だと思うよ~ね。

注文した料理は、もちろんネームヌアンとビール。


■11:35

この「生にんにく」をいつも全て平らげているが、一度もお腹を壊さない。

いつも、何でだろうと思う。


■12:11

昼食の〆はベトナムードルで。

昼食代、400バーツ。


ドンムアントエー(Dong Muang Toey)


■12:42

今回の旅の目的の一つ、ドンムアントエイ(Dong Muang Toey)に向かう。

ワットスパッタナーラームで使用した本に載っている遺跡だ。


23号線のウボンのゲートをくぐる。



■13:33 23号線沿いには、「ふうみん」の大好きなイサーンの田園風景が展開する。



■13:39 Kham Khuean Kaeo の交差点を左折し、遺跡に向かう。


■13:50

遺跡の本には、Dong Muang Toey

道路の標識には、Dong Muang Toei

グーグルマップには、The Archaeologtcal Site of Muang Teui

と、すべて表記が異なっている。

そのため「ふうみん」は、この「Dong Muang Toey」の場所が、今まで分からなかった。

タイ語の表記は、統一してもらいたいね。



■13:54 ドンムアントエイ(Dong Muang Toey)に到着。この遺跡には、クメールとドヴァラヴァティの両方の遺物があるようだ。またチャムとの関連性も指摘されている。

レンガ造りの主祠堂の基壇部分が残されている。これは、クメールか?ドヴァラヴァティか?それとも、チャムか?



■13:54 基壇部分には、めずらしい模様が彫られている。これは、何様式になるのかな?多分、ドヴァラヴァティだろうな。


■13:56

主祠堂の上部には基壇(ヨニ?)が置かれているが判然としない。

シヴァ神を祀っていたとの説もある。


■13:58

主祠堂の前方には、前殿の基礎部分が残されている。

この遺跡は、1メートル以上掘り下げられているので、かなり古いものだ。



■14:00 収蔵庫があり、そこに彫刻の施された基壇が置かれていた。クメールでこのような文様を見たことがない。


■14:00

彫刻を施された基壇の石とセーマ石(境界石)。

セーマ石があると云う事は、ドバラヴァティが関係している。


■14:01

発掘された人骨が展示されていた。

この遺跡は、この人物の墓なのか。


■14:01

発掘された化石状の木柱。


■14:10

この獅子像を見て驚いた。

先ほどウボンの博物館で見た獅子像と同じだ。

一対の獅子像の片割れがウボンの博物館に収蔵されているのか?

しかし、この獅子像は11世紀のものだ。

と云う事は、この遺跡は

クメール→ドバラヴァティ→クメール

と変遷した遺跡なのか?


■14:06

「ふうみん」が見たかった本の表紙の砂岩の彫刻。ドヴァラヴァティ様式?の基壇。

なんと、蜘蛛の巣がかかりアリの巣まである管理状態だ。


建物はサンボールプレイクックの空中宮殿に似ている。

人物像は同じくサンボールプレイクックの馬蹄形アーチの人物像に似ている。

この本によると、クメールとチャムとの関連性があるという。


■14:09

この文字は、古代のクメール文字なのか?

古代のクメール文字だとすれば、マヘンドラヴァルマンが残した、イサーンの凱旋碑文なのか。

「隋書」には、イーシャーナヴァルマン1世(615~628)に服属する衛星都市が30あり、各都市の人口が数千人と記してある。

ここも衛星都市(Sangkha Pura)の一つだったようだ。

なにしろ、謎の多い面白い遺跡だ。


Wat Song Pueai


■14:20

近くの村にある Wat Song Pueai を訪ねる。


■14:22

この寺院にクメールの遺物があるという。

入り口の大木の下に、それらしき石とセーマ石があった。

その横には、何と!現在のコンクリートのブロックまである。


■14:22

セーマ石は判別できたが、後は分からず。


■14:23

寺の境内を探すが、遺物らしきらしき石はこれだけだった。


ロイエット国立博物館(Roi Et National Museum)


■15:00

ロイエット国立博物館(Roi Et National Museum)へ急ぐ。

「ふうみん」は、ロイエット国立博物館の開館時間を17時迄と思い込んでいた。

16時過ぎ頃までには着きたいと、ヤソトーンの市内を抜ける。


■16:00

16時にロイエット国立博物館に到着。

車を降りると何か変な感じだ。


■16:01

何と開館時間は、9:00~16:00 だった。

「地球の歩き方」を見たら、ちゃんと、開館時間が書いてあった。

開館時間を確認しなかった、「ふうみん」の単純なミスだ。


プランクー(Prang Ku)


■16:16

時間が余ったので、プランクー(Prang Ku)に行って見よう。

この遺跡は13年前に、1時間もかけて探し当てた遺跡だ。



■16:18 プランクーは、ジャヴァルマン7世が13世紀に102ヶ所造った「施療院」の一つである。何と祠堂が補修されていた。



■16:21 バライ越しに遺跡を眺める。夕方なので逆光になる。


■16:22

補修の白い石が痛々しい。


■16:28

以前にはなかった、遺物の収蔵庫が造られていた。


■16:29

このような形で少しでも遺物が残ることはいい事だ。


Ku Noi Ban Yang Ku


■16:37

Ku Noi Ban Yang Ku は、プランクーのある寺院の入り口の道路を挟んで反対側にある。

この遺跡の標識は、摩耗して判別しづらい。

Ku Noi Ban Yang Ku と辛うじて読める。


■16:37

遺跡の右には池があった。

遺跡のバライなのか?



■16:38 この遺跡の基壇は、13年前にプランクーを探し回った時に知っていた。遠くから写真を撮っただけだったが、今回改めて訪れて見た。11~12世紀に建てられた、パブーオン~アンコールワット様式の神殿跡だ。


■16:41

ラテライトで造られた基壇は、しっかりと残っていた。


■16:42

3基の祠堂が建っていたのだろう。

ヨニがぽっんと雑草の中に残されていた。

寂しい遺跡だ。


ライスホテル(The Rice Hotel)


■17:09

夕暮れの中、今晩の宿ライスホテル(The Rice Hotel)に向かう。

前回泊まった街中の「ロイエットシティホテル」は廃業していた。

今回のライスホテルは、街中から少し離れた場所にある。


■17:18

ライスホテルはタイ人仕様の建物だが、なかなか快適なホテルだ。


■17:19

外を見たら、広い駐車場に3分ほど車が停まっている。


Chaika Restaurant


■18:57

グーグルでホテル近くのレストランを検索し、「Chaika Restaurant」を選択した。

このレストランは人気のようだ。8割方の席は埋まっていた。

ビアチャンを注いでくれる、ミニスカートの女の子がいた。


■19:00

イカの炒め物。


■19:05

手長海老入りのカオパッド。


■19:17

香草のサラダ、ヤムウンセン。

どの料理も合格点だ。


■19:57

オープンエアのレストランで、音楽を聴きながらロイエットでの夕食を楽しむ。

イサーンの田舎町、なかなかに楽しい。

夕食代、560バーツ。


レンタカーの走行距離
本日の走行距離 306キロ
累計の走行距離 2478キロ
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イサーンの大地走行2000キロプラス イサーン 最後の旅