Loei Panmiles Resort |
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■6:03 Loei Panmiles Resort から、朝の散歩に出かける。 |
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■6:03
このホテルの入り口は、何とガソリンスタンドだ。
事前にホテルの情報を得てなかったら、多分、入り口が分からなかったであろう。 |
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■6:07 ガソリンスタンド抜けて、ダーンサーイの街中に向かうと朝焼けが眺められた。 |
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■7:11
朝食を頂く。
丼のおかゆの中に、半熟の卵を落として食す。
なかなかおいしい。
朝食代、65×2バーツ。 |
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■7:55
色々お世話になった、フロントのお兄ちゃん。
お礼を言って、チェックアウトする。 |
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山間の2114号線を走る |
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■8:00 ラオス国境に向けて、どの道を選択しようか迷った。山間を通る2114号線を選択した。
小学校の前の道で車は止まり、警官や人々は直立不動だ。一瞬、どういう状況なのか?戸惑う。アッ!そうか!朝8時の国歌吹奏だ。写真を撮ったら、ちょうど国歌吹奏が終った後で動き出した瞬間だった。残念! |
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■8:15 出発時2114号線は、山間の道のためか朝靄がかかっていたが、その朝靄が少しづつ消えて行く。 |
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■8:15 道路の反対側を見ると、たわわに実った黄金色の稲穂が広がっていた。農民が稲刈りの準備をしていた。 |
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国境沿いの2195線を走る |
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■8:32 2114号線は終わり、国境沿いを通る2195線に入る。 |
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■8:32
2195線に入ると検問所がある。
国境を実感する。 |
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■8:43
タイとラオスの国境は、フアン川(Hueang River)で区切られている。 |
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■8:54
今は乾季に入ったが、雨季の末期の大雨で数か所の道路が陥没していた。 |
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■9:08 通行量の少ない、2195号線をのんびりと走る。ただの田舎道だが、ラオス国境沿いだというだけで気持ちが違う。少し緊張感のある、日本では味わえない面白さだ。 |
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Ban Na Kra Seng Border |
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■9:30
左折して、Ban Na Kra Seng Border に向かう。
10年ぶりの訪問になる。
いつも思うことだが、ルアンパバーンの標識が旅情を誘うね。 |
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■9:32
10年前には無かった立派なトイレがあった。 |
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■9:39
タイ側から大きなタンクローリーが2台、ラオス側に入っていった。 |
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■9:40 ボーダーの壁の向こうには、たわわに実った稲穂と青い空の風景が広がる。 |
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■9:44 Ban Na Kra Seng Border の立派な税関の建物。人々の往来も活発なようだ。 |
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■9:45
ボーダーの道路脇に停められた大型トラックの数からも、タイとラオスの物流の拠点としての重要さがわかる。 |
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引き続き2095線を走る |
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■9:46
2195号線に戻り検問所を抜けて、チェンカーン(Chiang Khan)に向かう。 |
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■9:48 大勢の農民が一列に並び稲刈りをしている。 |
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■9:53
雨季の大雨で流された橋の仮橋を渡る。 |
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■9:58 牧場には牛が放牧されていた。のんびりとした風景だ。 |
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■10:07
フアン川沿いの道を走る。 |
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Big Buddha Park |
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■10:29
Big Buddha Park へ行くために、左折する。 |
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■10:31
Ban Ta Di Mi の丘の上にある公園に向かう。 |
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■10:32
公園手前に柵があり、左手前のスペースに停めなくてはいけない。
以前は公園内に入れたのに。 |
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■10:35
数件の屋台の前を抜けて、大仏公園に入る。 |
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■10:36
黄金色に輝く大仏。
この丘の上にある大仏公園に来たのは、この大仏を見るために来たのではない。
イサーンで最初に、大河メコンに出会う場所だからだ。 |
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■10:36 左側の川がラオス国境のフアン川と右側は大河メコン。真ん中の三角地はラオスの領土になる。しかし、ここはタイの領土だった。 |
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■シャム対フランスの失地地図
・大河メコンの左側の土地は、タイの領土だった。
地図の④の場所は、1904年にフランスに割譲された。その土地が上記写真の三角地である。
・2003年1月にプノンペンにあるタイ大使館が焼き討ちにあった。
これは、タイの女優が「アンコールワットはタイのものだった」という発言をしたのが発端だった。
妄言ということで片付いたようだが、地図でお分かりのように、カンボジアはタイ領で、間違いなくアンコールワットはタイのものであった。
・フランスの植民地政策は、実に過酷であった。 |
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チェンカーン(Chiang Khan)へ |
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■10:56
チェンカーン(Chiang Khan)向かって走っていると、数台の大型ダンプに出会った。
何で、こんな所に?と、思っていたら、巨大な砂の採石場があった。 |
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■11:09
チェンカーンの街中は混んでいた。
左折して、旧街道に行こう。 |
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■11:10
旧街道に行く道には、大勢の観光客がおり変わり様にビックリした。
旧街道も建築ラッシュで、あの眠ったように静かなチェンカーンの風情は、もう望むべきもない。
ガッカリして、早々に退散する。 |
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ケーンクットクー(Kaeng Khut Khu) |
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■11:34 ケーンクットクー(Kaeng Khut Khu)はメコンの浅瀬で、水量の少ない乾季には無数の岩が顔を出し、激しい水流の渦を発生させるという名所だがその面影はない。 |
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■11:36
エビの踊り食い(クンテン)が名物だというが、そのエビを使ったエビせんべいを頼む。
ビールのつまみに、とても合うね。 |
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■11:40
サラダとカオパッドを頼む。 |
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■11:47
この食堂の最大の売りは、メコンの景観を眺めながらの食事だ。
メコンの川風を受けながらの食事は、気分が良い。
昼食代、300バーツ。 |
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■12:28
10年前に宿泊した、チェンカーンヒルリゾート(Chiang Khan Hill Resort)の前を通る。
とても懐かしい。 |
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メコン沿いを走る |
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■13:11
パクチョム(Pak Chom)の市内を抜ける。 |
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■13:54 ビューポイントから、メコンの上流方向を眺める。 |
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■13:54 ビューポイントから、メコンの下流方向を眺める |
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■14:22
サンコム(Sang Khom)の10年前に昼食を摂ったレストランの前を過ぎる。 |
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■14:40 211号線はメコンから離れ、内陸部を走る。 |
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プラタートバーンプアン(Phrathat Bangphuan) |
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■15:29
ワットプラタートバーンプアン(Wat Phrathat Bangphuan)の標識が出ていた。 |
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■15:31
プラタートバーンプアンの駐車場に車を停める。境内の案内図が出ているのはうれしい。
伝説では紀元前後に創建され、仏舎利が収められているという。 |
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■15:33 「ふうみん」がすごく見たかった、バライの中のナーガ(Naga's Pond)。この池の水は「魔法の水」と呼ばれ霊験あらたかと云う。 |
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■15:33
このナーガの顔はゴジラみたいだ!と、いうのが初印象。
このナーガは、クメール様式ではない。
仏教寺院になぜこの様なバライ(プール)と、その中に7頭のナーガが置かれているのか?それに、ご丁寧に尻尾まである。
こんな、仏教寺院は見たことがない。
バライとその中のナーガといえば、アンコール遺跡の「ニャックボアン(Neak Pean)」が有名だ。
しかし、ニャックボアンとこれとは全然違う。
1559年にビエンチャンのチャーヤーチェッタ王が、この寺院の大改修を行ったというが、その際に造られたものなのかな? |
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■15:36
この仏像は、チャーヤーチェッタ王によって造られたという。
先ほどのバライのナーガ像に似てなくもない。
仏陀と光背には9頭のナーガ像。 |
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■15:38 この大屋根に保護された石柱とレンガは、1559年の改修時のものか?それともそれ以前のものなのか? |
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■15:41
1559年にビエンチャンのチャーヤーチェッタ王が、それまであった仏塔の上にラオス風の仏塔を建築した。
1970年に倒壊し、1977年にタイ美術局によって修復された。
高さ34メートルの白い仏塔が、青空に映えている。 |
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■15:43
境内にセーマ石が置かれていた。
と云うことは、この寺院はドバラヴァティの影響下にあったのか? |
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■15:53
円形の基壇が残っているが、この上に建てられた祠堂と後方に見える仏塔が、この寺院の中心をなしている。 |
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■15:53
このレンガ造りの祠堂は、中腹までの古いレンガの上に新しく(1559年)造られたようだ。
古いレンガの基礎部分は、ドバラヴァティ時代(6-11世紀)のものなのかな。
ともかく、想像力を掻き立てられる遺跡だった。 |
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ノンカーイ(Nong Khai) |
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■16:08 ノンカーイ(Nong Khai)の歓迎ゲートをくぐる。 |
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■16:16 新しい道が出来ていたので走って行ったら、ラオス国境のイミグレに通じる道だった。右折して市内に向かう。 |
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■16:44
テスコロータスに入り買い物をする。 |
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アマンタホテル(Amanta Hotel Nongkhai) |
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■17:22 夕日の中をアマンタホテル(Amanta Hotel Nongkhai)に向かう。 |
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■17:34
アマンタホテルは新しくきれいなホテルだ。 |
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■17:34 アマンタホテルから眺めたメコン。もう夕日は沈んでしまった。 |
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ベトナム料理のディンナムムアン |
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■18:34
ベトナム料理のディンナムムアン(Daeng Nammuang)に入る。
このディンナムムアンはメコン沿いのレストランで、道が狭く駐車場はない。
車は近くの道路に停めて来た。 |
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■18:37
レストランの中に入ると、大勢の客で溢れていた。 |
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■18:43
お決まりのネームヌアンと揚げ春巻きとベトナムサラダを注文。
とても美味しい。 |
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■19:24
メコンの対岸のラオスの灯りを見ると、タイの北の端に居る事を実感する。
夕食代、525バーツ。 |
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