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■11:21
ミャウー遺跡10
Lawkamanaung Paya
(ローカマンアウンパヤー)
ミャウーにはパヤーの名前の最後にマンアウンと付いているパヤーが5つあり、その中の一つ。
1658年にカンダットゥダマラーザー王によって建てられた。 |
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■11:22
このパゴダはセメントと、切り出された砂岩で出来ている。
基盤は四角で、一面の長さが22.5メートル。
ウェサリーやマハムニへの古道はここから始まったといわれており、金道と銀道と呼ばれている。 |
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■11:38
昼食にマーケット近くのダニヤワディー(Dhanyawadi Restaurant)に行く。
このダニヤワディーとは、この地で一番古い王朝の名前だ。
ラカイン族の伝承によればその起源は古く、紀元前3000年にまで遡るという。
この店はドライバーのオススメで、彼は自宅に帰って昼食を摂るという。 |
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■11:50
鶏肉のカレーセットと麺を注文。
ビールを飲んでいると、 前述の観光客のペアが入って来た。
挨拶を交わと、彼らはミャンマー人でヤンゴンから来たという。
「ふうみん」たちが日本から来たというと驚き、握手を求められた。 |
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■12:04
突然のスコールだ。
これでは、外に出れない。もう1本ビールを追加して、のんびりしよう。
ビール2本とコーラ、食事はカレーと麺で、代金は7.200チャット。 |
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■12:25
スコールもやみ、ドライバーもジープに乗って帰って来た。
一旦ホテルに戻り休息し、3時から遺跡めぐりを始めよう。
ジープの後席はこんなに狭い。
もっともジープといっても、アメリカの本物のジープでは無いからね。 |
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■15:09
ミャウー遺跡11
Sittaung Temple
(シッタウン寺院)
1535年にミャウー王朝最強の王、ミンブン王によって建てられた。
ベンガルの12の地方とポルトガルの侵略への勝利を記念して建立された寺院。
シッタウン寺院とは「8万仏寺」を意味し、8万体の仏像が奉納されているという。 |
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■15:11 シッタウン寺院から、ダッカンゼイン寺院の城塞のような形の建物を望む。 |
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■15:17
寺院内の砂岩で作られた回廊はトンネルの中というより、胎内(小宇宙)のようだ。
うれしい事に、建築当時の彩色と思われる色がかなり残っている。
回廊の角には、聖象アイラーヴァタに乗るインドラ神の像。 |
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■15:18
この乗り物の動物は何だろう?
「ふうみん」の好きなヒンドゥー教の神の彫刻のようだ。 |
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■15:19
この彫刻の官能的なエロティシズムは、どう見ても仏教寺院の彫刻ではないよ~ね。
チャム彫刻のようだ。↓
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■15:22
クメール遺跡でお馴染みのマカラ(摩竭魚・伝説の怪獣)。
このシッタウン寺院の内部の彫刻類は素晴しいものだった。 |
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■15:23 静寂な洞窟の中に安置された仏像。漆黒の闇の中で瞑想する姿は神々しい。 |
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■15:25
拝殿の入り口の彫刻がいい。
上部にはカーラが彫られ、口の中からは波状の文様が吐き出されている。 |
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■15:28
シッタウン寺院の外部の回廊は、黄金の仏像が安置され、きわめて平凡だ。
ここで、ミャウーの入域料5ドルを徴収された。
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■15:30
ミャウー遺跡12
Andaw Thein Temple
(アンドーテイン寺院)
1521年にミンフララザ王によって建てられ、1598年にミンラザジー王により修理された。
中にはミンブン王がスリランカから持ち帰った仏歯が納められているという。 |
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■15:30
アンドーテイン寺院は、重厚なレンガ積みの建物だ。 |
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■15:31
内部には八角形に回廊が設けられている。
安置された仏像。 |
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■15:34
内部の回廊の壁龕には、仏像が納められている。 |
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■15:34
塗料がはげて、いい感じの仏像。 |
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■15:35
仏像の間に彫られた、蓮の華の蕾を捧げて正座した人物像。
「ふうみん」は仏像より、こういう像が好きだ。 |
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■15:37
ミャウー遺跡13
Yatanapon Paya
(ヤダナーポンパヤー)
1612年にミンカマウン王とシントェー王妃によって建てられた。 |
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■15:38
真ん中に大きな仏塔があり、回りを17基の小さな仏塔が囲んでいる。 |
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■15:39
小さな仏塔が崩壊し、中の仏像が野ざらしの状態に置かれていた。 |
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■15:47
ミャウー遺跡14
Htukank Thein Temple
(ダッカンゼイン寺院)
1571年にミンパラウン王によって建てられた。
この寺院はドッカンティンともトゥッカンテインとも呼ばれ、丘の上に城塞のようにそびえている。 |
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■15:49
寺院の中の回廊は暗闇に包まれ、懐中電灯の灯りが奥まで届かない。 |
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■15:52
砂岩製の壁の壁龕には、仏像が納められている。 |
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■15:52
胸をあらわにした婦人像。 |
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■15:53
門衛神の像に、いたずら書きがされていた。
このいたずら書きは、数年前に見たアンコールのバコン遺跡の阿修羅像へのいたずら書きにそっくりだ。
…こういう下司な輩が、貴重な遺跡を穢す事に怒りを覚える! |
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■ダッカンゼイン寺院の平面図
ダッカンゼイン寺院の回廊は図のように螺旋状になっていて、建物の中心に安置されている本尊へといざなう。
赤点線は、「ふうみん」の歩いた経路。 |
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■15:55
中心の部屋へ階段を登って行くと、黄金の仏像が鎮座している。
長年に渡り火が灯され、本尊を照らしていたのか、天井は煤けている。
創建時、この胎内回帰の回廊を通り、この黄金仏を見た人々はその神秘的荘厳さに心を打たれたであろう。 |
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■15:55
美しいドームの天井。
当時の建築技術の高さを示している。 |
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■16:08
ミャウー遺跡15
Lemyauna Tempe
(レミャウーイナ寺院)
1430年にミンソモン王によって建てられた。
レミャウーイナは4面という意味で、外形は4面、中は八角形になっている。 |
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■16:10 レミャウーイナ寺院のそばにはヘリポートが造られいた。多分、外国のVIPを運ぶためだろう。その傍らの道を村人が通る。のどかな風景だ。 |
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■16:26
ミャウー遺跡16
Laung Buwann Paya
(ランブワンプラパヤー)
1525年にミンハンクラザ王によって建てられた。
八角形の美しいシルエットが印象的。 |
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■16:27
パゴダの外壁には16の壁龕レリーフがある。 |
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■16:36
ミャウー遺跡17
Pitaka Taik
(ピタカタイ)
1591年にミンパウラン王によって建てられた。
この建物は経典を保管する書庫、すなわち経蔵だ。
かって、このような経蔵が48ヶ所もあったというが、今はこの建物のみだという。 |
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■16:38
経蔵は華麗な装飾が彫られている。
この形は蓮の花をイメージしたらしい。
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■16:38
室内はドームになっており、天井は煤けている。
写真では分かりづらいが、左右に一ヶ所づつ窓が設けられている。 |
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■16:44 シッタウン寺院の傍の道を通ったら、小坊主たちが水浴びをしていた。 |
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■17:43 ミャウー遺跡のサンセットのビューポイントは、ミャウー遺跡13のYatanapon Paya の道を挟んだ対面の丘の上だ。20分ほど前からシャッターチャンスを狙うが、太陽は雲に隠れてしまったままだ。 |
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■17:51 サンセットの撮影をあきらめて、ホテルに戻ろうと歩く。ミャウーの村人たちも家路を急いでいるようだ。 |
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■18:07
今夜の夕食は、昨日も来たレストランのハッピーガーデン(Happy Garden)にした。 |
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■18:08
ハッピーガーデンの昨日と同じテーブルに座り、行き交う人々を眺める。 |
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■18:13
看板娘のターショさんが、サービスといってビールのつまみを出してくれた。
うれしい心使いだ。 |
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■18:40
鶏肉とカシューナッツの炒め物、野菜の炒め物、ヤキメシを注文。
どれもなかなか旨かったが、「yayo」はカシューナッツの炒め物がお好みだ。 |
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■19:18
店に2人連れの白人男性が来た。ミャウーで会った初めての外国人だった。
その他、何組もの客が入り、店はなかなか繁盛している。
料理3品とミャンマービール2本とウォーターとミャンマーウイスキーで、代金は10.300チャット。
飲んだミャンマーウイスキーは、写真の旗のGRAND ROYALだ。 |