irabbit Hotel |
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■6:04 ホテルの外に出て、プラチンブリーの朝焼けを撮る。 |
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■7:10
irabbit Hotel のレストランに行く。 |
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■7:12
小さなホテルなので、ビュッフェではなくアメリカンスタイルの朝食を摂る。 |
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พระพุทธรูปทวาราวด ドヴァーラヴァティー像 |
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■8:29
พระพุทธรูปทวาราวดี 翻訳すると、ドヴァーラヴァティー像。
昨日見学したシーマホソット遺跡の近くの警察署の中にある。
まさか警察署の中とは!入り口に車を停めて確認してから入った。 |
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■8:30
警察署の入り口脇にコンクリート造りのお堂が建っている。 |
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■8:31 入り口の左右には、ドヴァーラヴァティー様式の仏像が立っている。 |
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■8:32
お堂の中には、ドヴァーラヴァティー様式の5~7世紀の仏陀立像がある。
この仏陀立像は、高さ163センチの緑砂石で出来ている。
近くの寺院に祀られていたが、1996年に火事に会い焼き出されてしまった。
そこで、ここに新しいお堂を建てて安置した。 |
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■8:32
左脇には欠けた宝輪が置かれていた。 |
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ワットトンポーシーマハーポート(Wat Ton Pho Si MA Ha Pho) |
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■8:43 ワットトンポーシーマハーポート(Wat Ton Pho Si MA Ha Pho)。この寺院には、2008年6月に見学に訪れた際、ラテライトの円形ブロックが積み上げられたお堂の脇にクメールの遺物があり、その時から機会があれば再訪しようと思っていた。 |
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■8:55
広い境内を探すが、目的のクメールの遺物らしきものはない。
諦めかかけていた時、なあ~だ!入り口の横にあるではないか。
急いで近づく。 |
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■8:55 いゃ~あ! クメール遺跡好きには堪えられない光景です。 |
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■8:55
この阿修羅像は、アンコールトムの南大門の阿修羅像と酷似している。本物だろうか?この寺院の近くにはサモラコット遺跡がある。
ここには、ジャヤヴァルマン7世時代に建造された「施療院」の遺跡があり、この阿修羅像と時代的には同じだ。
そのサモラコット遺跡にあった阿修羅像が、ここに有るのだろうか?
ブリアカーンの阿修羅像↓ |
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■8:56
右側にも、一回り小さい阿修羅像がある。
こちらの阿修羅像はもう少し古そうだ。
何しろ、「ふうみん」はタイ国内でこんな阿修羅像を見た覚えはない。
もし本物なら、こんな屋外に置いておくだろうか?
最近、遺物に対して疑り深くなった「ふうみん」は思い悩むばかりだ。 |
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■8:56
リンガとヨニ。 |
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■8:57
このラテライト造りのヨニには、重厚感を感じました。
これから訪問するサモラコット遺跡にも、ラテライト造りのヨニが置かれている。
そうすると、このヨニもサモラコット遺跡から運ばれたのかな? |
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■8:57
このリンガとヨニは、前回訪問時にお堂の脇にあり、その時から気にかかっていたものだ。 |
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■8:58
寺院の名前のシーマハーポー(Si Maha Pho)とは聖木のことだ。
その聖木は、寺院の道路を挟んだところにある。 |
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■8:59 聖木(Si Maha Pho)は2000年もの樹齢を誇る菩提樹で、苗木はインドのブッタガヤからはるばる運ばれて来たという。菩提樹の幹の周囲は20メートル、高さ30メートル。 |
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■9:12
サモラコット(Boran Sathan Sa Morakot … Arokayasala)は3度目の訪問となる。
Google Map を見ると()して、Arokayasala と書いてある。
Arokayasala とは、ジャヤヴァルマン7世の造った「施療院」の事だ。
確かに寺院の配置は施療院だ。規模が大きかったのでそこまで思い浮かばなかった。・・・反省です。 |
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■9:14
遺跡の前に「Arogaya-Sala」と書いてあった。
こんな看板は以前には無かったと、負け惜しみ。 |
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■9:14 サモラコット(Boran Sathan Sa Morakot)の十字型の塔門の跡。 |
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■9:14 十字型の塔門から祠堂方面を望む。真ん中にヨニが置かれている。 |
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■9:16
祠堂の奥の井戸。
ここからは、ドヴァーラヴァティーの遺跡と考える。
「ふうみん」は、この井戸がサモラコットのエメラルド色のプールと間違えてサイト上にUPしてしまった。・・・また反省です。 |
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■9:17
ドヴァーラヴァティーの時代の仏足跡が1986年2月に発掘された。
この仏足跡は、タイで最大で最古の貴重なものだ。
それぞれの足大きさは、幅1.3メートル、長さ3.5メートル。
ここで注目したいのは、両足が揃っていることだ。その後のタイの仏足跡は、片足だけである。 |
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■9:26
展示ホールの前に遺跡の模型が展示されている。
どう見ても「施療院」だ。 |
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■9:27
展示ホールに入る。 |
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■9:29 展示ホールには、たくさんのパネルで解説されているが、昔あった遺物などはプラチンブリーの国立博物館に移設されたようだ。 |
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サモラコット(Sa Morakot) |
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■9:34
サモラコット(Sa Morakot)とは、タイ語で「エメラルドのプール」という意味。
ジャヤヴァルマン7世の治世に造られたバライ。 |
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■9:34 バライの大きさは115メートル×214メートルで深さ3.5メートル。このバライの水は聖なる水で、タイの載冠式で用いられる。 |
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スラボア(Sra Boa) |
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■9:39
スラボア(Sra Boa)も、サモラコットの近くにあるバライ。
草が伸びており、これ以上近づけない。 |
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■9:39 このバライの水は乾季でも枯れないという。 |
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304号線を走る |
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■10:03 304号線を走っていると、カビンブリ工業団地(Kabinburi Industrial Zone)の大きな看板があった。「ふうみん」は、「304工業団地」は知っていたがカビンブリは知らなかった。カビンブリを知ったのは「上海馬券王のページ」だった。遠く日本を離れた企業戦士に敬意を表します。 |
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プラサートカンペーン(Prasat Kamphaeng) |
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■10:32
今日の目的地はチャンタブリーだが、少し寄り道をしてクメール遺跡を見に行こう。
Google Map に無いゴム林のダート道を心細く走る。 |
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■10:36 プラサートカンペーン(Prasat Kamphaeng)に到着。この遺跡はジャヤヴァルマン7世が造った「施療院」だ。 |
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■10:37
祠堂部分は草に覆われている。
地元の人が象の人形を置いてある。 |
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■10:37
ラテライトの周壁は、しっかりと残っているのが嬉しい。 |
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■10:38
ラテライトの基壇。 |
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チャンタブリー(Chanthaburi)へ |
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■11:11 チャンタブリー(Chanthaburi)に向けて359号線を走る。 |
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■11:22
日の丸があった。
日本製品を売っているのかな? |
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■11:22 サケオ(Sa Kaeo)の歓迎ゲートを潜る。 |
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■11:27
ガソリンスタンドで、昼食を摂ろう。 |
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■11:30
ガソリンスタンドの奥に食堂があった。 |
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■11:35
ガイヤーンを注文。 |
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■11:41
そして、ソムタムとカオニャオを注文。
昼食代、220バーツ。 |
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■13:07 317号線を走り、チャンタブリー(Chanthaburi)の歓迎ゲートを潜る。 |
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■14:09
チャンタブリー市内に入る。 |
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ワットトントゥア(Wat Thong Tua) |
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■14:20
ワットトントゥア(Wat Thong Tua)。
この寺には2008年6月に訪問した。
訪問の切っ掛けは、チャーン島に行く途中に遺跡がないかググって、英語のサイトで見っけた。
当時の日本語サイトでの情報は全くなく、行き当たりばったりで来て見て驚いた経緯がある。
・・・12年近くも前の話だ。 |
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■14:28
寺院の僧侶に頼み、ワットトントゥア博物館(Wat Thong Tua Museum)の鍵を空けてもらう。 |
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■14:29 まぐさ石 サンボールプレイクック様式 7世紀前半
マカラの口から吹き出されたアーチ状のベルトにメダルが配置された様式は、クメールのまぐさ石で最も古いサンボールプレイクック様式だ。 |
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■14:29 まぐさ石 プレイクメン様式 7世紀後半
ベルトが直線的に現されているので、サンボールプレイクック様式の後のプレイクメン様式だ。 |
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■このまぐさ石は、ワットトントゥアから出土したもので、現在はバンコク国立博物館に展示してある。
まぐさ石
サンボールプレイクック様式
7世紀前半
ワットトントゥアの境内には、レプリカが置かれている。 |
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■ワットトントゥア博物館に展示されていた復元図
ファムニエット王国の本を知りました、一つの説としてとても面白いと思います。
この王国の中心にワットトントゥアがあります。↓
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The Kingdom of Phamniet |
Joachim Schliesinger 著 |
ファムニエット王国とは、クメール人がチャンタブリーの近くに6世紀後半~7世紀に建国したファムニエットの王国。
ここから発掘れた古代クメールの遺物には、彫刻、まぐさ、コロネット、神像、リンガとヨニ、台座などがある。
特に、初期のクメール王国のサンスクリット語の石碑文の発見が、ファムニエット王国の存在を証明している。
先史時代から、この地域にいたチョン族は、ファムニート王国のクメール族の配下に置かれた。
このチョン族の子孫は、現在もこの地域に住んでいる。
チョン族の伝説では、ファムニエットが7世紀末に建設され13世紀の終わりまで、東南アジアの大規模な海上ネットワーク内の重要都市として繁栄したと伝えている。 |
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■14:30
男性像
髪束を花弁状に編み上げる髪髷冠ジャタムクタなので7世紀ごろか。 |
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■14:30
ガネーシャ像
このガネーシャ像と似た像を、インドのウダヤギリ石窟で見た。
ウダヤギリ石窟は、グプタ朝時代の5世紀初頭の開窟であるから、この像もかなり古いものと思う。
6~7世紀のものか。 |
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■14:33
何気なく置かれていた、このハリハラ像には、
・・・今回の旅で一番驚いた!
支え棒やアーチが完全な形で残っているプノンダB型の石像など、「ふうみん」は見たことがない。
プノンダB形は、プンンダとアンコールボレーに発見される扶南のものだ。
そうすると、6世紀ごろのものなのか。
これが本物なら、すごい価値があると思うが、何で他の石ころと一緒に置かれているのだろう?
前回の訪問時には、置かれていなかったのに。 |
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■14:33 ハリハラ像は、横から眺めても四臂も完璧だし、支え棒もアーチも完璧に残っている。ほぞまでも残っていると云う事は、台座から運び出してどこかに隠して保存していたのか?それにしても石像の表面がきれい過ぎるので、レプリカかも知れない。
・・・しばし、このハリハラ像を目の前にして、考え込みました。最近「ふうみん」は、遺物に関しては疑い深くなっております。 |
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■14:34
ムカリンガ。
7世紀ごろの物か? |
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■14:35
今回の博物館巡りで、何処の博物館でも目にした「銅鼓」。
この様な私設の博物館にもあり、古代の交易ネットワークの広さを示している。
日本でも、縄文時代の交易ネットワークが注目されている。 |
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■14:41 ワットトントゥア博物館(Wat Thong Tua Museum)の展示物は小さな国立博物館に負けないものだ。入り口に置かれえた箱には、タンブンを願います。 |
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■14:51
寺院の境内に置かれた石の遺物にも改めて注目したい。 |
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■14:54
この巨大な獅子の石像は、サンボールプレークック様式以前の物なのか。 |
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Muang Paniat Archaeological Site |
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■15:04
前回の訪問時の遺跡の表示は、
Paniad Historical Town
今回の Google Map の表示は、
Muang Paniat Archaeological Site
となっているので、こちらにします。
ここから、500メートルほど離れた「Wat Thong Tua」と同時期に建立された遺跡と考える。
「Wat Thong Tua 博物館」のまぐさ石は、サンボールプレイクック様式とプレイクメン様式のものだ。
そうすると、この遺跡も7世紀ごろか。 |
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■ワットトントゥア博物館に展示されていたパネル
パネルはタイ語で書かれているので分からないが、上部に乗せられている復元図から見ると、このバライ(だと思う)はこの遺跡の横にもう一つあったようだ。
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■15:05
重機が入って工事が行われている。
新しいラテライトのブロックが荷台に積まれていた。 |
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■15:05 反対側はだいぶ工事が進んでいるようだった。 |
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■15:06
小さな社の中の虎皮の苦行僧だけは、12年前と変わらなかった。 |
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■15:06
この辺りのラテライトの周壁も発掘されて、変わっていくのだろう。 |
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■15:08
修理中の周壁。
タイ式修理だと・・・ |
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■15:09
一応、遺跡のラテライトには番号が付けられているので、元に戻るだろう。 |
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■15:09 修理現場を見ると、本格的な学術的な発掘調査も未了で、ほとんど解明されていないこの遺跡の行く末が心配になる。 |
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K.P.グランドホテル(K.P. Grand Hotel) |
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■15:21
今晩の宿、K.P.グランドホテル(K.P. Grand Hotel)の高い建物が見えて来た。 |
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■15:30
K.P.グランドホテルにチェックイン。
このホテルは、2007年9月に2泊しており、大きく快適なホテルだ。
今回、このホテルに宿泊したのは、近くに大好きなレストランがあるからだ。
今回が最後になるだろうから、もう一度あすこで食べて見たい。 |
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■18:33
夕食までの空いた時間、今回の旅の最後になるタイマッサージを受けよう。
ホテルの裏の ภูวษา นวดเพื่อสุขภาพ (健康マッサージ)という店で、1時間ほど受ける。
なかなか上手だった。
代金は、200バーツ+チップ100バーツ。 |
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タナ2 レストラン (ข้าวต้ม ธนา2) |
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■18:55
夕食は、ホテルの斜め向かいのレストランに行こう。
お気に入りのレストランは、「タナ2 レストラン( ข้าวต้ม ธนา2 )」だ。
チャンタブリーには、今まで2回来て3泊したが、夕食はいつもこのレストランだ。 |
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■18:56
店先のこの大きな蒸し器がいい。
この蒸し器中に、丼に入ったスープが温められている。
そして、新鮮な食材を指差しで注文できる。 |
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■19:00
右は竹笙(キヌガサダケ bamboo fungus)で、左はシイタケや大根など野菜のスープ。 |
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■19:00
それと、空心菜の炒め物と、店頭にあった赤紅に染めた肉を注文。
どれも、ビールのつまみに最高だ。 |
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■19:17
〆は海鮮のカオパッド。
代金は、チップ込みで500バーツ。 |
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■19:39
ホテルに帰ってきたら、クリスマスの飾りつけの雪だるまに出会う。
今日は12月16日だ、クリスマスまでもう少しだな~あ。 |
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