(注意)ここで取り上げるウダヤギリ石窟群は、オリッサ州のウダヤギリとカンダギリではありません。(地図に✖印をつけています)
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●ウダヤギリ石窟寺院群(Udayagiri Caves)
「日月が昇る山」を意味する「ウダヤギリ」は、インド中部のマディヤプラデシュ州のサーンチーの近くにあるヒンドゥー教の石窟寺院群である。
ここにはヒンドゥー教窟を中心に約20窟が開窟され、うち第3~13窟が1ヵ所に集中している。なお、2窟がジャイナ教窟である。
第6窟などに刻まれた銘文から、5世紀初頭にグプタ朝第3代のチャンドラグプタ2世(在位375~415年頃)の統治下に開窟されたことが知られる。
チャンドラグプタ2世は、西部インドに版図を広げ、文芸のみならず、天文学、数学などの学問も保護し、グプタ朝の最盛期をもたらした。
ウダヤギリ近郊のヴィディシャー(Vidisha)は、ガンジス川中流域と西インドを結ぶ交易路の中間に位置し古代から栄えた都であり、この周辺はグプタ朝のヒンドゥー教美術の宝庫である。
石窟群の中でも第3窟から第6窟にかけては、重要な彫刻が見られる。特に第5窟の「ヴィシュヌ神の野猪(ヴァラーハ)の化身」は、ヒンドゥー教の神話が大画面に本格的に浮き彫りされた最初のもので歴史的価値がある。 |
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ウダヤギリ石窟寺院(Udayagiri Caves)へ |
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サーンチー駅からウダヤギリ石窟寺院までは、車で9.5キロ20分ほどの距離。 |
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ウダヤギリ石窟寺院(Udayagiri Caves)へサーンチーの鉄道駅からレンタカーで向かう。 |
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鉄道駅から国道146号線に出て、東側に500メートル行った所を左折して田舎道に入る。 |
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田舎道に入ると踏切があった。前の車が旅行社の車なので、多分ウダヤギリ石窟に行くのだろう。この車の後を着いて行く。 |
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踏切を渡りY字路を右折すると、そこからが酷い悪路だった。尖った小石が多く、神経を使いながらゆっくり走る。帰りにパンクをしてしまった。 |
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ウダヤギリ石窟寺院群の入り口近くの道路脇に車を停めて遺跡の入り口に向かう。 |
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第5窟 |
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このコンクリートの屋根の下に、最も重要な5窟と6窟がある。 |
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1873年当時の5窟と6窟。ルトゥールデュモンデ(Le Tour du Monde)から、E. Therond による挿絵。 現在は上記写真のようなコンクリートの屋根に覆われている。 |
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上図の下部に5窟と6窟の図面が載っている。5窟は壁面を1メートルほど開窟したものであり、6窟は正方形に開窟されている。
19世紀にアレクサンダー・カニンガム(Alexander Cunningham)によって、ウダヤギリ石窟群は調査され南から北へ石窟番号が付けられた。 |
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5窟の「ヴィシュヌ神の野猪(ヴァラーハ)の化身」の大場面(3.9メートル×6.7メートル)の見事なレリーフ。
とぐろを巻き、龍蓋をつけたシェーシャ龍の上に、野猪(ヴァラーハ)に化身したヴィシュヌ神は、魔神ヒラニヤークシャ(Hiranyaksha)によって宇宙の海で溺れていた大地(地球)の女神ブーミを、牙で宇宙の海から引き上げて大地(地球)を救済する図柄だ。 |
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1、ヴィシュヌの化身、野猪ヴァラーハ(Varaha)
2.女神ブーミ(Bhumi)
3.ナンデイに乗るシヴァ(Shiva)
4、蓮の上に座るブラフマー(Brahma)
5、ビーナを演奏するセージ・タンブール(Sage Tumburu)
6、ギターを弾くセージ・ナラダ (Sage Narada) |
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7、シェーシャ龍王(Shesha)
8、グプタ朝の王チャンドラグプタ2世(Chandragupta II)
9、グプタ朝の大臣ヴィラセナ(Virasena)
10、海の神サムドラ(Samudra) |
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11、アーディティヤ神群(Adityas)
12、火の神アグニ(Agni )
13、風の神ヴァーユ(Vayu)
14、ヴァス(Vasu)
15、ルドラス(Rudras)
16、ガナデバタス(Ganadevatas)
17、賢者リシ(Rishis) |
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ヴィシュヌの化身、野猪ヴァラーハの右足に妻のラクシュミー(Lakshmi)。その上には多くの賢者リシ(Rishis)と、さらにその上には踊り子のアプサラス(Apsaras)たち。 |
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右側の側面には、マカラに乗った女神ガンガー(Ganga)と亀に乗った女神ヤムナー(Yamuna)が天から宇宙の海に降下する形であらわされ、その下には海の神のヴァルナ(Varuna)が居る。 |
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第6窟 |
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第6窟の聖室入り口に向かって、左側に2体の神像彫刻と向かって右側には3体の神像彫刻がある。 |
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聖室の入り口上部にはガンガーとヤムナーの二女神が配置され、側柱にはグプタ装飾紋が彫られている。 |
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この第6窟の向かって右側の外壁には、「門衛神」、「ヴィシュヌ神」、「女神ドゥルガー」など、お馴染みのヒンドゥー教の神々のレリーフがある。 |
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ビシュヌとドゥルガーの上部壁面には、サンスクリット語で書かれたチャンドラグプタ2世の82年(AD.401年)に奉献された旨の銘文が刻まれている。 |
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向かって左側の外壁には、「門衛神」、「ヴィシュヌ神」のレリーフがある。 |
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向かって左側の2像の左隅には、「ガネーシャ」のレリーフ。 |
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入り口の向かって右側の門衛神ドヴァラパーラ(dvarpala)。長い鉾のような武器を持ち立っており、特徴のある髪型はグプタ朝時代の門衛の威圧的な髪型を忠実に再現していると思う。 |
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隣のヴィシュヌ(Vishnu)は直立不動の姿で現され、豪華な宝冠を戴き、両端の手の持ち物が人格神で造形されているのが面白い。 |
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その隣は、水牛の魔神マヒシャ(Mahisa)を殺すシヴァの妻の女神ドゥルーガー(Durga)。この図柄はドゥルーガーの伝説の最も初期の表現の一つで、ポストグプタ朝の主流となる。 |
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入り口の左側の門衛神、ドヴァラパーラ(dvarpala)。右側と同じく長い鉾のような武器と特徴のある髪型だ。 |
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その隣のヴィシュヌ(Vishnu)は、武器である棍棒、蓮華、法螺貝、円盤型のチャクラを持つ。 |
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ガネーシャ( Gaṇesha)は達磨のように座り、左手にモダカ(おにぎり)を持つ。 |
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右側の石窟のレリーフは破損され判然としない。8体あるので8母神なのかな?。 |
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上の写真の石窟壁面に彫られた3体のレリーフ。右からドゥルガー、ガネーシャと分かるが、一番左のレリーフは全く分からない。 |
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第4窟 |
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第4窟の聖室入り口のまぐさ部分の円形の中にヴィーナを演奏する男が彫られていることから、アレクサンダー・カニンガム(Alexander Cunningham)によってヴィーナ洞窟として命名された。入り口右下には、ソーマスートラの穴があけられている。
カニンガムによると聖室と右側の壁面の前面に拝殿(マンダバ)が設けられていたという。上記図面の3、ヴィーナ洞窟(BINA CAVE)を参照。現在は第4窟だが、カニンガムの命名した時は第3窟だった。 |
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聖室内のエーカムカリンガ(ekamukha linga)。なお「エーカム」とは「一面」を意味する。リンガに彫られたシヴァ神は、丸い顔立ちで頬は緊張したふくらみを示す。アーモンド形の眼の上瞼は厚く、唇も肉感的で力強い意志的な顔立ちを呈している。 |
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斜め横からエーカムカリンガを写す。残念な事に口や鼻の損傷は惜しまれるが、豪華なイヤリングやネックレスを身に着け、髪はリングによって髷を結い余髪が左右に垂れている。 |
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この角度から見るとシバリンガが岩から直接掘り出されたことがよく分かる。リンガに注がれた聖水はヨニの溝から右側に流れ、溝を伝って石窟内から外部に流れる出る。 |
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第3窟 |
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第3窟。 |
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第3窟の聖室内には、戦いの神でシヴァの息子カールティケーヤ(Kartikeya) の像が彫られている。 |
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戦いの神カールティケーヤは、スカンダ(Skanda)とも呼ばれる。第3窟はカニンガムによってスカンダ洞窟と命名された。印象的な筋肉の胴体を備えたこの彫刻は、両脚に均等に体重をかけており、正方形の顔は5世紀初期の立体的な彫刻の典型であるという。 |
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第13窟 |
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石窟の鍵を開ける管理人。チップとして50ルピー支払う。 |
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第13窟は金網で保護されていた。 |
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第13窟の金網越しに眺める「アナンタ竜王の上に横たわるヴィシュヌ神」の像。 |
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ビシュヌの脚の下に2人の男性が彫られている。左の膝まづいた姿勢はビシュヌへの献身を象徴するチャンドラグプタ2世と解釈され、後ろの人物は彼の大臣ヴィラセナといわれる。 |
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その他 |
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南側壁面に彫られた壁龕。中には神像が置かれたか、彫られていたのだろう。 |
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第10窟の両脇に門衛神が彫られ、聖室内にはヴィシュヌ像がある。 |
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ウダヤギリ石窟出入り口の岩屋。この出口から駐車場に向かう。 |
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