6.イッタギ(Ittagi、Itagi)遺跡


ハンピからイッタギまでは、車で70キロ1時間40分の距離。




ハンピからイッタギまで



いかにも、古都の旧街道といった風情のホスペットの道を走る。



国道50号線から、国道67号線の高速道路を走る。高速代、35ルピー。



バナプールの道路標識。ここから367号線に入る。
ハンピから56キロ、イッタギ遺跡まで13キロ、バーダーミまで93キロの地点。



国道367号線から田舎道に入ると道幅は1車線になった。対向車が来たら、路肩に避けるしかない。しかし現在、道路の拡幅工事中だ。完成の折は快適な道路になるだろう。


イッタギ(Ittagi、Itagi)



イッタギ村は、広大なタンクとマハーデーヴァ寺院を中心とした静かな村だ。



■イッタギ(Itagi)



イッタギ(Itagi)のマハーデーヴァ寺院(Mahadeva Tample)は、年表⑦の後期チャールキア朝のヴィクラマーディティヤ6世(Western Chalukya King Vikramaditya VI)の司令官マハデヴァ(Mahadeva)によって、1112年頃に建造された。

このイッタギ遺跡は、マハーデーヴァ寺院を中心とした、階段池や小祠堂を従えた遺跡で、神殿にはヒンドゥー教のシヴァ神が祀られている。




イッタギ(Ittagi、Itagi)遺跡の駐車場に車を停める。駐車場には誰もいず、入場料も無料だ。

このイッタギ遺跡の日本語のサイト情報は全くなく、「インド建築案内」の神谷武夫氏の情報のみだ。
インド建築案内
著者:神谷武夫

この本は、インド遺跡巡りのバイブルだ。



駐車場横には広大なタンクがある。



イッタギ遺跡入り口の銘鈑。



駐車場から階段を上ると、中央にマハーデーヴァ寺院が眺められる。左右には祠堂が建っている。



左側の祠堂。



左側の祠堂のソーマスートラは破壊されていた。



イッタギ遺跡の前には広大なタンクがあり、周辺には静かな村が広がっている。



マハーデーヴァ寺院(Mahadeva Tample)は、後期チャールキヤ朝の典型的建築で1112年に建造されたシヴァ神を祀る寺院。



マハーデーヴァ寺院の正面のオープンマンダバ。



オープンマンダバには、26本のろくろで成形された円柱に、見事な彫刻がなされている。石材は緑色の結晶片岩で、きめの細かさやエッジの正確さが好まれた。



オープンマンダバ中央の床には一枚岩に彫られた円形の舞台。



オープンマンダバの天井の中心には、「踊るシヴァ神」のレリーフが施され、周りをぎっちりと神像彫刻が埋めている。「踊るシヴァ神」の天井彫刻などは、初めて見た。



オープンマンダバの奥のナンディン像。一部破壊されている。



オープンマンダバ精緻な彫刻の柱。



マンダバの柱にも精緻な彫刻が施されている。



聖室内部にはシヴァリンガが安置されている。本堂周りの彫刻は繊細で素晴らしい。

入口上部の装飾まぐさ石は、今朝まで滞在したハンピの寺院と同じだ。ということは、「ガジャラクシュミー」の図案は、ビジャヤナガル朝の特徴ではなく、後期チャールキヤ朝を含めたこの地域的なものなのか?



マンダバの天井の精緻な蓮の花の彫刻。



マンダバのリンテル(まぐさ石)は、素晴らしい出来だ。「まぐさ石」マニアの「ふうみん」としては見逃せないものだ。

まぐさ石の中心に神像(シヴァ?)を置き、上部の鬼面カーラ(キールティムカ)の口からは装飾的なアラベスクの葉が吐き出され、両端のマカラからは花綱が吐き出されている。クメール遺跡の「サンボールプレイクック様式」に似ているね。



見物客が我々だけで暇なのか、警備員がガイドを買って出た。警備員から説明を受ける「ふうみん」。



本殿塔上部の繊細な彫刻。



本殿の壁面は繊細な彫刻が施されている。上部の白い所は後世の補修である。



寺院を後方から眺めると、マンダバの三方にポーチが付いた十字型プランがよくわかる。



マハーデーヴァ寺院を南側から眺める。オープンマンダバの天井のドームが印象的だ。



階段池(Stepped Tank)。チャールキヤ朝では、しばしば階段池を造った。特徴として、正面にのみ階段を設け後の3面を斜壁している。



保存状態がとても良いのは、ハンピの階段池と同じように土に埋もれていたからなのかな?


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イサーンの大地走行2000キロプラス ハンピへの招待
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