2 カイラーサナータ寺院(第16窟)

「西インド015エローラ」より
●カイラーサナータ寺院 第16窟(Wikipediaより)

第16窟はカイラーサナータ寺院(Kailasanatha Temple)、あるいはカイラーサ寺院(Kailasa Temple)と呼ばれ、エローラで最も重要な石窟寺院である。エローラすなわちカイラーサナータ寺院と思っている人もいるほどエローラを代表する石窟である。

この巨大な『彫刻』は、ラーシュトラクータ朝の君主クリシュナ1世(位756年 - 775年)の命により、カイラス山(須弥山、ヒンドゥー教ではシヴァ神が住むとされる)をイメージして掘られたものと考えられている。

クリシュナ1世は、パッタダカルのバーダーミのチャールキヤ朝の建築をモデルにしつつ、岩山から寺院を彫りだすアイディアは、パッラヴァ朝のマハーバリプラムの「ラタ」にヒントを得て、それを凌駕しようとする寺院を造り出すことでシヴァ神を祀り、王朝の権威を示そうとするものであった。

カイラーサナータ寺院はアテネのパルテノン神殿の倍ほどの規模があり、石窟と言うより一つの高層建築物にしか見えないが、紛れもなく一つの岩から掘られたものである。カンボジアのアンコール・ワットやインドネシアのボロブドゥール遺跡も同じくカイラス山をイメージして作られたものだと言われている。

全ての彫刻は2階以上の階層にある。2階層の出入り口はU型の中庭になっている。その中庭は彫刻のある3階層の回廊によって縁取られている。その回廊は巨大な彫刻パネルによって区切られており、それは様々な神の巨大な彫刻を含む一つの女性器像になっている。もともとはこの回廊は中央の寺院といくつかの空中回廊によって結ばれていた。これらの空中回廊は今は崩れて無くなっている。

この中庭には二つの巨大彫刻がある。一つは伝統的なシヴァ寺院によく見られるように、神聖なナンディー(Nandi シヴァの乗り物である牡牛)の像が中央寺院のリンガに面するようになっている。

第16窟では、このナンディー・マンダプ(Nandi Mandap)と中央寺院(シヴァ寺院)はそれぞれ約7mの高さがあり、2つの階層により構成されている。ナンディー・マンダプの低い方の階層は2重構造をしており、精巧で絵画的な彫刻により装飾されている。寺院の土台は象が建物を支えているような彫刻になっている。

岩の空中回廊は、ナンディー・マンダプと中央寺院の玄関を結んでいるものだけが現存している。中央寺院は南インドでよく見られるピラミッド型の構造をしている。

神殿は列柱、窓、内室と外室と、階段状のホール、巨大なリンガを備えている。そして、小室、壁、窓、神像の収められた神棚、ミトゥナ象(Mithunas エロチックな男女像)、その他の像などが岩を掘り出すことによって作られ、空間を埋めつくしている。 さらに、入り口の右側にはヴィシュヌ派の信者ら(Vaishnavaites)、左にはシヴァ派の信者ら(Shaivaite)の象が作りこまれている。

中庭には2つのDhvajastambhas(旗竿付きの柱)がある。これらのカイラス山を持ち上げようとしているラーヴァナの壮大な彫刻は、インド芸術における記念碑的存在である。

この『石窟』を作るには、20万トンの岩を掘り出し、100年の歳月を必要としたという。まさに人類の偉業というに相応しい。



エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

第16窟のファサードを遠望する。この巨大な岩山を100年間にも渡り掘り出して造った、カイラーサナータ寺院には本当に驚愕する。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

カイラーサナータ寺院の見学に入ろう。カイラーサナータは、シヴァ神がカイラーサ山の王であることに因んで命名され、カイラーサ山頂のシヴァの宮殿を模したものだという。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

エローラの目玉、カイラーサナータ寺院の右横の小道を登り、幅47メートル、奥行き81メートル、高さ33メートルの岩を100年間に渡り掘り出した壮大な寺院を眺める。この様な、とてつもない建造物を彫り出した人間の持つとてつもない情念には完敗だ。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

前殿(マンダパ)と高さ33メートルの本殿(ヴィマーナ)。本殿の最上部に冠状のアーマラカ冠石が乗っているのは南インドの様式だ。前堂の屋根の上の蓮の花をかたどった台座の四方に、4頭の獅子が彫り出されている。インドで蓮の花と獅子との組み合わせは、ペルシャのペルセポリス文化の影響を受けたといわれている。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

カイラーサナータ寺院は、8世紀中期から9世紀にかけて開窟された。ラーシュトラクタータ朝のクリシュナⅠ世の奉献寺院といわれている。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院 エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

カイラーサナータ寺院後方の崖の上には、小祠堂が彫り出されていた。 排水溝も完備し、100年間の工事の周到さを物語っている。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

第16窟の楼門をくぐると、2頭の象が潅水する女神ラクシュミーが出迎えてくれる。この像の図案はれは「ガジャラクシュミー」と呼ばれている。2頭の神象(ガジャ: Gaja)が女神ラクシュミーに潅水している。両脇の門衛神ドヴァラパーラも厳めしくなく微笑んでいるようだ。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院 エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

向かって左側のスタンバ(記念柱)は高さ17メートルの石柱。 彫り出された、巨大な象の彫刻と観光客。驚いた表情が印象的だった。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院 エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

右側のスタンバ(記念柱)と左後方のナンディン堂。 ナンディン堂には、シヴァ神の乗り物の牡牛ナンディンを安置してある。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院 エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

ラーマーヤナ物語の一話、喧嘩するサルの兄弟。 ブラフマー神。背後には塗料の跡が残っている。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

前堂の右外壁には「ラーマーヤナ物語」が一面に彫られている。左外壁の同じ位置には「マハーバーラタ物語」が彫られている。

「ラーマーヤナ物語」とは、古代インドの大長編叙事詩でインドのみならず古くからインド文化を取り入れてきた東南アジア一円に深く浸透し影響力を持っている。サンスクリットで書かれたこの叙事詩は48,000行に及び、ヒンドゥー教の神話と、古代英雄であるコーサラ国のラーマ王子に関する伝説をまとめたもの。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

本殿の基壇部分には宇宙を支える象が彫られている。象だけなく獅子や羊なども居る。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

前殿の基壇に浮き彫りされた、名高い「カイラーサ山を揺るがすラーヴァナ」。

カイラーサ山をかたどる、深く切り込まれた岩山の頂上にシヴァ神と妻のパールヴァティーが寄り添う。魔神ラーヴァナはこの聖なる山を持ち上げ、揺さぶって威力を誇示する。揺れに気づいたシヴァは山を足で押さえつけ、ラーヴァナを山の中に閉じ込めてしまった。

山の上のシヴァとパールヴァティーの表現は細い体躯で、情緒的な感覚がまさっている。とくに山の振動におののき、夫に身を寄せるパールヴァティーの姿はしなやかな優美さが目立ちパッラヴァ美術の影響を感じさせる。

ラーヴァナは多臂の手を自由に操り、山を揺り動かす。この彫刻の興味深い特色は、もはや単なる二次元的な浮彫ではなく、十分な三次元性を獲得している。

ここには深い奥行と、動きのあるポーズをとる多くの神々によって醸し出される光と影の効果が現われ、不思議な幻影空間を形づくっている。インド彫刻全体の中でも注目される表現といわなければならない。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院 エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

本殿の基壇「宇宙を支える像」と、本殿から後ろの崖に続く岩を100年かけて掘り出された空間。 崖下には回廊が設けられ、ヒンドゥー教の説話が彫られている。その浮き彫を熱心に見物する「ふうみん」。


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崖下の三方には、見事な回廊が掘られている。 回廊の浮き彫り。アナンタ竜の上に横たわるヴィシュヌ神。


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ヴィシュヌ神立像。 ガルーダの上に乗るヴィシュヌ神。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院 エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

リンガから生まれるシヴァ神。 シヴァ神と妻のパールヴァティー。下には牡牛ナンディン。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

本殿の裏から上空を眺める。右の崖と彫り出されたカイラーサナータ寺院との対比が、スケールの大きさを物語っている。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

前堂の左外壁に彫られた「マハーバーラタ物語」。「マハーバーラタ物語」とは、古代インドの宗教的、哲学的、神話的叙事詩。ヒンドゥー教の聖典のうちでも重視されるものの1つで、グプタ朝の頃に成立したと見なされている。物語は世界の始まりから始まり、その後、物語はパーンダヴァ族とカウラヴァ族(この二つを合わせてバラタ族)の争いを軸に進められ、物語の登場人物が誰かに教訓を施したり、諭したりするときに違う物語や教典などが語られるという構成になっている。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

カイラーサナータ寺院の構成は入口から、楼門、ナンディン堂、前殿、本殿と一直線に建造されている。そのナンディン堂に入る。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院 エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

ナンディン堂には、シヴァ神の乗り物ナンディン像が安置されている。像は観光客に撫でられ黒光りしていた。 続いて楼門の上から外を覗く。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

カイラーサナータ寺院の大きさを捉えるには、この楼門から続く塀の上の角度からの撮影が一番だろう。手前の象に被せたテントが少し邪魔だが。

左から、一直線に楼門、ナンディン堂、前殿、本殿と続く。17メートルのスタンバが立っている。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

ナンディン堂から、前殿入り口を望む。



前殿入り口の屋根を見ると実に色々な彫刻がしてあるのがわかる。一番上の左右は獅子像。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院 エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

リンガから生まれるシヴァ神。リンガの姿を採ったシヴァ神の大きさを、ブラフマー神(右)もヴィシュヌ神(左)も計ることは出来なかった。 ブラフマー神。何故かブラフマー神の背後には塗料の跡が良く残っている。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

前殿の24本の柱に支えられた暗い巨大な空間を進むと、最奥部に本殿の入り口が見えてきた。本殿のリンガの置かれた正方形の空間は、ガルバグリハと呼ばれる。ガルバとは子宮を、グリハは祠堂を意味する。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院 エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

本殿内の最奥に安置されたリンガと出会う。その巨大なリンガを熱心に崇拝する女性信者。リンガの上には黄色いマリーゴールドの花輪が置かれている。 女性信者が置いた灯火が、巨大なリンガの先まで火の粉をあげた。偶然だろうが、その光線に軌道に神々しさを感じた。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

2階の本殿裏の小祠堂も実に美しく彫り出されている。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院 エローラへの招待 カイラーサナータ寺院 ミトウナ像

嬉しい事にソーマスートラ(Somasutra)を発見。ヒンドゥー教の灌頂の儀式において、ヨニ(女陰)の上にリンガ(男根)が安置され、そのリンガの上から聖水がかけられ、流れ落ちた聖水はヨニを通る。そして、ソーマスートラを経て北側の外部に流れ出る。 ミトウナ像(男女交合像)もちゃんとある。カジュラホで嫌になるほど見せつけられると何んでもないが、ここではまだ新鮮だ。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

ナンディン堂の入り口の左右には、この瞑想(ヨガ)するシヴァ神像と下記の怒れるシヴァ神(畏怖相・バイラヴァ)像がある。

この瞑想のシヴァ神の後ろ上方に彫られた神々がクメール遺跡好きには面白い。左からマカラに乗ったヴァルナ、鹿に乗ったヴァーュ、獅子に乗ったケトゥ、馬に乗ったクーベラ、象に乗ったインドラ、水牛に乗ったヤマ、ラムに乗ったアグニの7神で、ほとんどの神が方位神(ローカパーラ・護世八方天)である。

北東の方位神はイシャーナで、これはシヴァ神の忿怒身だという。もし、このイシャーナを入れて八方神とするなら、下記の畏怖相シヴァ神とどこか繋がるのかな?


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

怒れるシヴァ神(畏怖相・バイラヴァ)の像。バイラヴァとは破壊の神シヴァ神の恐ろしい性格を抽出した呼び名。 額には第三の目からは、怒ると強力な光を噴射しすべてを灰塵に帰してしまう。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院 エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

カイラーサ山を揺るがすラーヴァナ。 死神カーラ(ヤマ)をリンガからおどり出て殺すシヴァ神。


エローラへの招待 カイラーサナータ寺院

蓮華の台座の上で足を組んだラクシュミー(吉祥天)が2頭の象に灌水されている「ガジャラクシュミー」像。これは、何を意味するかは不明との事。


このエローラのカイラーサナータ寺院は、クメール遺跡好きには堪えられない面白く、かつ素晴らしい寺院だ。このサイトを作成するにあたり調べると、見逃した所が多々ある事に気がついた。アンコールワットに何度も足を運んで隅々までを見学したように、一度の見学だけでエローラ遺跡全体を把握するのは困難である。

出来得れば、エローラのヒンドゥー教石窟に焦点を絞り、もう一度訪れたい遺跡である。そして、カイラーサナータ寺院の回廊の浮き彫りの場面だけでもすべて写真に納めたいと思う。


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