行程1日目>一路近江へ、そして寺社巡り



Yahoo map




近江へ

■5:13

「ふうみん」と家人の「yayo」は、未明に自宅を出て東名の横浜町田ICに入る。

御殿場JCTから新東名に入り、「掛川SA」まで飛ばしてきた。

年齢を考えると少しハードな走行だったかな?


■5:23

「掛川SA」のフードコートにて、「かき揚蕎麦ととろろご飯」の朝食を摂る。

味は、まあこんなものでしょう。



■6:48 伊勢湾岸自動車道に入ると、早朝なのに車の多さに驚く。



■7:18 来年の2019年3月に、新名神の三重県区間が開通するが、現在では混雑する東名阪自動車道を通らなくてはならない。今回は早い時間なのでスムーズに走れた。


■7:39

新名神に入り、「土山SA」でコーヒータイム。


■8:38

名神の大津ICを降りて大津市内を走る。

「ふうみん」は、転勤で滋賀県に勤務していた時以来の30年ぶりの運転になる。

懐かしい景色がフロントガラス越しに展開する。


三井寺


■8:53 「三井寺」の駐車場に車を停めて、「仁王門(重文)」に向かう。今朝は映画の撮影があり、仁王門の横には映画関係者の車が停められていた。

三井寺は、正式には「長等山園城寺」といい、天台寺門宗の総本山。 7世紀に大友氏 の氏寺として草創され、9世紀に唐から帰国した留学僧円珍によって再興された。


■8:54

国宝の「金堂(本堂)」。

金堂は豊臣秀吉の遺志により、高台院が慶長4年(1599年)に再建した。

入母屋造で、檜皮葺きの和様仏堂で、移築された旧金堂は延暦寺に現存するという。


■8:55

金堂の横にある「鐘楼(重文)」には、「三井の晩鐘」で知られる梵鐘を吊っている。

この梵鐘は慶長7年(1602年)の鋳造で、平等院鐘、神護寺鐘と共に日本三名鐘という。


■9:10

金堂の横の「閼伽井屋(あかいや、重文)」には、天智、天武、持統の三天皇が産湯に使ったとされる泉が湧いている。

「ふうみん」は、こんな石を見るのが好きだ。


■9:10

こちらの梵鐘は「弁慶鐘(重文)」という。

弁慶がこの鐘を奪って、比叡山へ引き摺り上げて撞くと「イノー・イノー」(関西弁で帰りたい)と響いたという。

弁慶は「そんなに三井寺に帰りたいのか!」と怒って、鐘を谷底へ投げ捨ててしまった。

鐘には、その時のものと思われる傷痕や破目などが残っている。


■9:12

「一切経蔵(重文)」。

室町時代の建築で毛利輝元の寄進したもの。

一切経蔵とは、仏教のすべての経典を納める施設。

この経蔵には、版木の一切経が収められている。



■9:19 境内の茶店横にある紅葉がとても見事だ。


■9:26

「百体観音堂」にかけられている大津絵の「鬼の念仏」。

鬼の念仏とは、鬼が僧衣をまとっている絵で、慈悲ある姿とは裏腹な偽善者を諷刺したものだという。

この「大津絵」は、大津宿でお土産物として有名になった民画で、風刺や教訓を描いている。

浮世絵と並ぶ日本二大民画といわれる。

この素朴さが素敵だね。



■9:35 「観音堂(重文)」から眺めた琵琶湖の景色。この観音堂は、西国三十三所観音霊場の第14番札所。


石山寺

■10:17

「石山寺」の駐車場に車を停める。

この駐車場の隣に旨そうな蕎麦屋があるので、後で昼食を摂ろう。



■10:19 「東大門(重文)」をくぐる。この東大門は建久元年(1190年)の建立。



■10:20 参道の紅葉のトンネルの中を歩く。


■10:26

「志納所」の紅葉が素晴らしい。

「石山寺」は、西国三十三所観音霊場の第13番札所。

奈良時代後期に聖武天皇の発願により、良弁によって開かれた。

国宝の本堂、多宝塔をはじめ、経典・聖教類・仏像・絵巻など多くの国宝、重要文化財がある。


■10:35

広大な境内には、寺名の由来となった天然記念物の巨石の「硅灰石」がそびえている。


■10:38

「多宝塔(国宝)」は、建久5年(1194年)に源頼朝が寄進した日本最古の多宝塔だという。

均整のとれた優美な建築で、内部の柱や天井の廻りなどには仏像や草花などの絵が描かれている。


■10:43

石山寺といえば、まず最初に思い浮かぶのが「紫式部」だ。

宝物館の「石山寺豊浄殿」では、「石山寺と紫式部展」を開催していたので見学する。

残念ながら内部は撮影禁止だった。



■11:11 帰り道すがら、参道の横の「公風園白耳亭」の門から中を覗いたら、とても見事な紅葉風景に感動した。


■11:22

駐車場の横にある蕎麦店の「小松屋」に入る。

この瀬田川沿い界隈は、しじみご飯が名物だという。

メニューに「しじみご飯セット・ざるそば付き」があったので注文。

窓際の席に座り、瀬田川を眺めながらビールを飲む。


■11:28

7割蕎麦を食す。

関西の蕎麦は美味くないが、まあここは合格点だろう。

帰りに、しじみの味噌汁をお土産に買った。


苗村神社

■12:50

「苗村神社」は、蒲生郡竜王町にある神社。

この神社の存在は今まで知らず、今回の旅に出る前に調べて知った。



■12:53 茅葺きの荘厳な「楼門(重文)」は、室町時代の創建。この苗村神社は、延喜式神名帳に長寸(なむら)神社として列座された格式高い式内社。33年に一度行われる大祭は有名で、次回の開催は2046年との事。


■12:55

苗村神社の「西本殿(国宝)」は、国狭槌命(くにのさつちのみこと)と那牟羅姫神(なむらひめのかみ)の2柱が祀られている。

棟札から鎌倉時代の徳治3年(1307年)に建てられた事が判明している。

蒲生郡では、唯一国宝に指定されている建造物だという。



■13:06 道路を挟んだ東側にある「西本殿(重文)」。この祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)と素盞嗚尊(すさのおのみこと)。周辺の鎮守の森には古墳群があり、祖霊信仰に始まる神社とされている。


長命寺

■13:35

「長命寺」は、長命寺山の標高約250mの山腹にある寺院。

ここの参道は、何と808段もあるという。

「ふうみん」は階段を遠慮して、横にある狭く急な山道に車を走らす。


■13:41

駐車場に車を置き、残された急な参道の石段を登る。

「長命寺」は、4世紀初頭の景行天皇の時代、武内宿禰がこの山で長寿を祈ったといい、開基は聖徳太子と伝えられている。



■13:45 平安時代後期に本堂をはじめ、釈迦堂・薬師堂・太子堂・護摩堂・宝塔・鐘楼・仁王門などを建立した。現在の社殿は、戦国時代中期に兵火で焼失したあと再建されたものだ。


■13:50

「太郎坊大権現社」から眺めた琵琶湖。


近江八幡市内観光

■14:26

「日牟禮八幡宮」の前にある、赤煉瓦の建物の「クラブハリエ 日牟禮館」に車を停める。



■14:25 直ぐ近くの「八幡堀」は奇麗な水になっていた。30年も前には悪臭が漂っていたのに。


■14:23

「クラブハリエ 日牟禮館」に入るが、あいにく満席なので諦める。

近くにクラブハリエのお店がオープンしているとの事で、そこに向かう。


■14:32

「近江兄弟社」の前を走る。

ここの中学校に長男と次男が通った。途中で転勤したので子供たちは可哀そうな思いをさせた。

長男の同級生に福永騎手がいたという。

「yayo」も当時を思い出して感慨深いという。


■14:38

先ほどは満席だったので、クラブハリエの「ラ コリーナ近江八幡」に寄った。

建築家の藤森照信氏による、個性的で奇妙な建物群に驚く。

それと共に、平日なのに客の多さにも驚く。


■14:41

2階のカフェで数十人の列に並び、やっとお茶の時間だ。


■14:58

「焼きたてバームクーヘンセット」で一服する。


彦根市内

■16:11

琵琶湖湖岸の道を走り、今晩の宿「コンフォートホテル彦根」に到着。



■16:34 ホテルの部屋から彦根市内を眺めると、ビルの間に小さく「彦根城天守閣」が見えた。


■19:02

彦根駅西口の居酒屋「彦一」に入る。

サラダとお目当ての「近江牛の絶品すじ煮込み」に舌鼓を打つ。


■19:05

こちらも、お目当ての「近江牛のホルモン鍋」。


■19:18

焼き鳥は、皮(塩)とねぎま(タレ)とつくね(タレ)。


■19:54

〆は「彦一餃子」を食し、二人とも満足した。


■20:14

ホテルへの帰路、彦根駅を通ったら、かわいいセブンイレブンがあった。




Back Next Index