■行程3日目>チャンパ遺跡巡り



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■5:54

ベトナム人の朝は早い!

それも、恐ろしく早い。

写真は高感度で撮影したから、どうにか情景が見えるが、目視ではほとんど真っ暗で何も見えない。

その暗闇のホイアン市場の路地で、人々は商いをしている。



■6:03 ホイアンはトゥボン川の三角州に造られている。そのにトゥボン川に架かるカムナム橋から眺めていると、朝のたよりなくやわらかい光の中に、漁船が一艘浮かんで漁をしていた。


■6:10

船着場の東側が魚市場になっている。

魚の水揚げ作業の活気が辺り一面に漂い、「ふうみん」などの部外者の進入を拒んでいるようだ。

ここ魚市場で女性の姿が多く目に付いた。

ベトナム女性は働きものだ。


■6:14

船着場に着いた船はいっぱいの乗客を乗せている。

そして、船上には足となるバイクと自転車がきれいに並んでいる。

この時間にホイアンの船着場につくという事は、彼らはいったい家を何時に出たのだろうか?

何しろ、繰り返すが、ベトナム人の朝は早い。

それも、恐ろしく早い!


■6:14

夜明けの薄明りの中のホイアンの街並み。

う~ん、世界遺産だな。


■6:17

中国風の寺院に明りが燈り、線香売り?が支度をしていた。

これも、ホイアンらしい情景だ。


■6:25

ホイアン人民委員会、つまり市役所の事。

その建物の入口に掲げられた旗。

昼間の光の中では、真紅の色がいかにも「共産主義」だ!と主張している。

しかし、早朝のうすぼんやりとした光の中では、落ち着いた親しみやすい感じを受ける。

ホーチミン(胡志明)おじさんに、思わず

おはよう!

と、声を掛けたくなる。


■6:28

ホイアンホテルに戻ってくると、ホテルの建物に朝日が当たり、明るく輝いている。

気持ちの良い朝だ。思わず、大きく深呼吸する。

そういえば、明け方ベッドの中で朝冷えに震えた。

毛布一枚では寒いのだ。こんなことは、東南アジアの旅で初めての経験だった。


■6:48

朝食にレストランに向かい、朝日の当たる窓際の一等席をすばやくゲットした。

この席なら、食事の味は5割り増しだ。


■6:54

朝食はフォーとライスペーパーを主にし、たくさんのフルーツを食す。

何か、ベトナム料理は体に良い感じがする。


■8:07

8時に前日チャーターした車に乗る。

車種は少しくたぶれたトヨタカローラで、ドライバーは英語を話す。ドライバー名前はウオック(Kuquok)さん。

ホイアンの街外れで、初めてアオザイを着た高校生に出会う。

ウオックさんはアオザイ姿を見て、チャーミング、エレガンスという。

肌寒いせいか上着を着ている子が多いので、「ふうみん」は少しガッカリ。


■8:29
チャンパ遺跡 No.3
遺跡名 チャキュウ
(Tra Kieu)
分 類 クアンナム遺跡群
(Quang Nam)
年 代 4~11世紀
入場料

ここチャキュウは、4世紀後半にバドラヴァルマン王により、チャンパ王国の最初の都として建設された。

その当時は、シンハプラ(獅子の都)と呼ばれていた。


■8:38

現在は、カトリック教会を中心とした公園に整備されている。

丘の上を目指し長い石段を登って行くと、カトリック教会が建っていた。

この教会の下には、かってチャンパの祠堂が建っていたという。


■8:40

カトリック教会には不釣合いな太鼓。

「ふうみん」はこの周辺を色々探したが、チャンパの遺物は何も見出せなかった。

ドライバーのウオックさんに、カトリック教会の神父が集めたチヤンパのコレクションの建物があるはずだが?と、問うたが、スクラップされたと言う。

ホントかな?と、思うが確かめるすべは無い。



■8:40 丘上から眺めると、朝靄の向こうにミーソン圏谷のあるランメオ山が望め、6世紀に編纂された中国の「水経註」に記された、周囲4キロに渡るレンガの周壁の跡だろうか?写真中央に一直線に伸びる土塁列が見える。

この地に、千数百年も前に林邑(りんゆう)の最初の首都が置かれ、富と繁栄を誇っていた。改めて、獅子の都チャキュウの持つ、時間の長さと、歴史の重さと、滅びのはかなさを、ひしひしと感じる。


■9:10

ミーソン遺跡に行く途中、バイク同士の事故現場に出会う。

何しろベトナム人の交通ルールは、自己主張というか、自分勝手というか、お互いに譲り合う事をしないからナ~ア。



Cham Art River Books より
■9:18
チャンパ遺跡 No.4
遺跡名 ミーソン(My Son)
分 類 ミーソン遺跡群
(My Son)
年 代 4~13世紀
入場料 60.000ドン

入場券

ミーソン遺跡に着き入場料60.000ドンを支払い入場する。

ミーソン遺跡は残された碑文によると、4世紀から13世紀にまでの実に900年間に渡り、チャンパ王国の聖地として宗教建築が建設された。

最初に造られた祠堂は木造だったが、8~9世紀にかけてレンガ造りの祠堂が造られ、13世紀までに約70もの祠堂が造られたといわれる。

ベトナム戦争当時に米軍の爆撃で多くが破壊された。

現在残っているのは、A群からH群(美術史家のパルマンティエによる分類記号)に分類された遺跡群の約20の建物だ。


■9:38

ああ、良かった!雲が晴れて!

聖山のマハーパルヴァタの特徴のある弓形の稜線が見えてきた。

ここ四方を山々に囲まれたミーソンは聖地というだけでなく、チャンパ歴代の王にとって、王都チャキュウが侵略された時を想定した防御施設でもあったようだ。


■9:42

入口から遺跡に入って、最初に目にするのがC群とB群だ。

ここは大勢の観光客で溢れている。

日本人の観光団はここだけを見て、足早に帰っていった。

それでも、日本に帰ってミーソン遺跡を《見た》という事なのだろうか?

写真は10世紀にシヴァ神を祀るために再建された、舟形の屋根を持つC群の主祠堂。


■9:45

C群の主祠堂C1の破風の下には、デヴァター(女神)像が彫られている。

すらりとした八頭身美人だ。


■9:45

B群の主祠堂のB1。

レンガ造りの多いチャンパ建築の中で珍しく砂岩の基壇を持っている。

この祠堂は数世紀にわたり何度も修理された。

現存する砂岩の基壇は11世紀ハリヴァルマンⅣ世により建造された。


■9:48

B5は、ほぼ完全な形で残っている宝物庫だ。

基壇、身舎の上にカーブした舟形屋根を持ち、壁面を埋める花葉文様は10世紀の傑作だ。


■9:55

D2に納められた踊るシヴァ神像。

D2の建造時には、木造の屋根が架けられおり、現在ここから出土した彫刻類が納められた展示室となっている。

このミーソン遺跡は1999年にUNESCOの世界遺産に登録された。

Viet Nam
Date of Inscription: 1999
Criteria: (ii)(iii)
Duy Phu Commune, Duy Xuyen District, Quang Nam Province
N15 31 E108 34
Ref: 949



■10:04 川を渡って東側に行くとA群がある。現在は崩れ去ったレンガの山になっているが、ここにはミーソンで一番高い28mを誇った華麗な装飾のA1の主祠堂(右図)があった。

非常に残念な事に1969年に米軍の空爆で破壊された。かって、東南アジアの建造物の中で傑作のひとつといわれた祠堂は見る影も無い。

この静かで緑豊かな聖地に佇んで残骸を眺めていると、改めて戦争の悲惨さに胸を打たれる。無残!だ、あまりにも無残だ。

ミーソンA群復元図


■10:10

A群の外れにA’1の祠堂が建っていた。

窓にはめ込まれた十字型の格子とその下のレリーフ、素晴らしい装飾の柱と纏わり付く植物。

崩壊の美に、思わずシビレた。


■10:21

A群から東に行くとG群があるが、工事中で中に入れず。

E、F群に行くと、首を取られた門衛(ドヴァラパーラ)像がポッンと寂しく立っていた。


■10:43

離れた場所にあるH群。

丘の上にあり、残された祠堂の一部が逆光に浮かんでいた。

この遺跡も米軍の空爆で破壊されたという…


■11:52

ミーソン遺跡から610号線を戻り、1号線を南へ走りHa Lam の街中の交差点に着いた。

写真の信号を右折して、19号線を15キロほどでドンジュオン(Dong Duong )遺跡に行くはずだ。

この遺跡はベテランドライバーのウオックさんも知らず、携帯で問い合わせをしている。

電話の相手はバイタクのドライバーで、この辺りの地理に非常に詳しいらしい。


■12:17

それでも、何人かに聞いてやっと遺跡を見つけたが、道が悪い。

車を置いて「ふうみん」たちは歩いて遺跡に向う。

何しろ、ドンジュオンなんて現地のプロたちでも知らない遺跡だ。

昨日の旅行社の社員やウオックさんに、「ふうみん」の職業は何か?学校の先生か?などと、聞かれた。

…とんだ、物好きと思われたのだろう。


■12:21
チャンパ遺跡 No.5
遺跡名 ドンジュオン
(Dong Duong)
分 類 クアンナム遺跡群
(Quang Nam)
年 代 9~12世紀
入場料

歩いて行くと、ドンジュオン遺跡に唯一残された、第一寺苑内の碑文庫が木々の間から見えて来た。


■12:24

碑文によれば、ドンジュオンは仏教に帰依したチャンパの歴代の王の崇拝の場だった。

当時のチャンパ王国にとって、仏教の聖地ドンジュオンはヒンドゥー教の聖地ミーソンと並ぶ聖地であった。


■12:25

かろうじて残った第一寺苑内の碑文庫の一部。基壇と身舎にわずかに残されたレリーフが見られる。

ドンジュオンは875年インドラヴァルマンⅡ世により造営され、インドラプラといわれた。

東を正面として三つの寺苑からなり、東西1.3キロという大規模な寺院だった。

ドンジュオンはバガン、ボロブドールと並び東南アジアの三大仏教施設といわれている。

…しかし、わずかに残ったこの部分だけでは、どんなに想像力を働かせても当時の姿を思い浮かべることは不可能だ。

後は、昨日見学したチャンパ彫刻博物館の貴重な彫刻類から推測するしか方法はない。



Cham Art River Books より
■ドンジュオン寺院配置図 875年、ミーソンにかわってドンジュオンに東西1.3キロにおよぶ巨大な寺院が建築された。 ○印は第一寺苑内の碑文庫。かろうじて残ったのはその一部に過ぎない。


■12:25

円柱の一部。

書かれている文字はいたずら書きではなく、調査時のもののようだ。

ここドンジュオンは10世紀後半から貿易拠点として、また最高級の沈香の産地としてスマトラの三仏斉と並ぶ名声を得る。

しかし、982年中国から独立した北部のベトナム(大越)軍の侵略によりインドラプラの都は破壊された。


■12:30

車に戻るとウオックさんと近所の老婆が話をしていた。

後ほどウオックさんに話を聞くと、先ほどのおばあさんの話では、ドンジュオン遺跡はアメリカ軍により破壊されたという。

本には対仏戦争により破壊されたと書いてあるが、本当のところはどうなのだろう?


■13:13

1号線を北上しVinh Dien の街中を走る。

この先を左折して、3キロほど走るとバンアン(Bang An)遺跡がある。


■13:20
チャンパ遺跡 No.6
遺跡名 バンアン (Bang An)
分 類 クアンナム遺跡群
(Quang Nam)
年 代 12世紀
入場料

このバンアン遺跡の祠堂は、ユニークな八角形をし、三方に入口を開いた前房を持っている。

もっとも、1940年にフランス人技師のあやまった修理により、東西の入口は長窓に変わっている。

チャンパ建築の中で八角形の祠堂は、バンアンとチャムローの二つだけといわれているが、チャムロー遺跡は土台を残して崩壊している。


■13:21

祠堂の入口前には、ガジャシンハとシンハの像が置かれている。

このバンアン遺跡の見学で今日のチャンパ遺跡の見学は終わりだ。そろそろ、ホテルに戻ろう。


2時前にホテルに着いた。ドライバーのウオックさんには、明日もお世話になる。

チップを10ドル渡し、明日もよろしくとお願いする。


■14:07

お腹が空いた。旧市街のチャンフー通りにある、ベトナム料理店のワンルー(Wan Lu)に入る。

約300年前の中国式の家を改造した食堂だ。

黒光りした柱や梁が、歴史を感じさせる。


■14:11

昨晩と同じく、ホイアンの三大名物料理を頼む。

写真左下はホワイトローズ(先に来たのでだいぶ食べてしまった)と、中央は揚げワンタン。

カオラウを二人前と後、生春巻きを注文。カオラウは昨晩より美味しかった。

ビールとコーラを頼み代金は177.000ドン(885円)と激安だ。


■14:57

昼食の後は昨日に引き続きホイアン散策。

貿易陶磁博物館(海のシルクロード博物館)。

ここには、ホイアンの家屋と京都の町屋の関連を示すイラストが展示されていた。

間口が狭く、奥に細長く、中庭を持った家屋は京都の町屋を感じさせる。

若い頃「ふうみん」は西陣の友人宅に1週間ほど滞在したことがあるので、なおさらの思いだ。



■14:58 貿易陶磁博物館の2階から眺めた、ホイアンの街並み。


■15:20

廣勝家(クアンタンの家)。

家の奥に行ったら、女の子がホワイトローズを器用な手つきで作っていた。

入口でお土産を進められ、断ったら、直ぐに電気を消された。

思わず「yayo」と顔を合わせ苦笑…


■15:28

廣肇會館。

1786年に中国広州の廣肇出身者によって建てられた集会所。

龍が印象的だった。


■15:51

チャンパの時代から現在まで、現役で使用されている井戸があるという。

狭い路地の片隅にバーレー井戸(Gieng Ba Le)はあり、大量に水を汲む人の姿が見られた。

この水は、ホイアンの名物料理のカオラウやホワイトローズに使われているという。


■19:30

昨晩と昼には安価なホイアンの三大名物料理を摂ったので、夕飯はリッチに行こう。

と、高級レストランのブラザースカフェ(Brothers Cafe)に来た。

トゥポン川に面したテラス席に座る「ふうみん」と「yayo」。

お洒落な空間では、ビールよりもジントニックで喉を潤す。

川風が少し寒いぐらいだ。長袖のシャツにして良かったな。


■19:40

かぼちゃのスープと生春巻き。

生春巻きの新鮮な野菜が旨い。


■20:03

シーフードサラダとカレー。

いい雰囲気なので、ついついワインを頼み景色を見ながら杯を重ねる。


■20:38

途中から、音を立てて雨が降って来た。

ほぼ満席だったテラス席の客は屋根のある部屋に移り、食事とおしゃべりを続ける。

こんな夜もたまにはいいだろう。

お値段は少し張って、チップを含め60ドル。




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