行程2日目>アユタヤ、ロッブリー博物館を巡りコラートへ
走行DATA

 当日走行距離 416 km
 累計走行距離 428 km
 当日給油 0 ℓ
 累計給油 0 ℓ
「ふうみん」の走行一口メモ
・スアンナプーム空港から、Motorway の7号線と、Motorway の9号線を利用すると、バンコクの中心部を迂回して、アユタヤやコラート方面にスムーズに抜ける事が出来る。

・Motorway の9号線は工事中の場所があったが、今回通った時には工事は完成して走りやすかった。

■6:46 Tong Ta Resort & Spa の宿泊した部屋は、朝の5時半頃から騒がしくなる。ホテルを出入りする人の足音や話し声。それに、空港連絡便の車のドライバーとトランシーバーでやり取りするフロントの声。

まだ、寝付いて3時間だ。いい加減…勘弁してほしいな! 仕方なく起きて、付近を散歩する。「yayo」は羨ましいぐらい、気持ち良さそうに寝ている。



■6:49 スワンナプーム空港とを結ぶ幹線道路。片道4車線のいかにもタイらしい道路だ。空港と一緒に都市計画されたのだろうが、日本も見習ってほしいものだ。



■6:50 その道路の歩道よりには、たくさんの飲食店が並んでいる。昨夜、いや今朝の2時に通った時には、まだ煌々と明かりが燈され、大勢の客がいた。

多分、空港の開港にあわせて、ここ数年で開発されたと思われる、いかにも、新開地の勢いのある街並みだ。



■6:52 大通りからホテルに通じる道を歩く。新しいマンションが建設中だ。手前のバラックはそこに働く労働者の飯場。


■7:14

部屋に帰ると「yayo」も起きており、ホテルの外にあるレストランで朝食を摂る。

セットメニューのありきたりの朝食だ。

レストランの中を見渡すと、何組ものタイ人の宿泊客が朝食を摂っていた。

みんなビジネス客だ。やはり、このホテルは空港に近く便利なのだろう。


■7:37

今日の最初の訪問地は、アユタヤの国立博物館だ。

9時の開館時間に合わせる為に、そろそろ出発しょう。

ガソリンは満タンだし、タイのレンタカーには珍しく時計も合っている。それに、新車同然なのがまたうれしい。



■7:45 Lat Krabang Rd. から、インターチェンジに入り、思ったよりもスムーズに Motorway の7号線に入れた。

そして、インターチェンジで Motorway の9号線に入り、アユタヤ方面に向かう。



■7:49 Motorway の9号線を北に向けて、100キロ超で快調に走る。今日は日曜日のせいか道路は空いている。


■7:56

ドラム缶満載の車を見て、「yayo」は「タイらしいわ!」と喜んデジカメを向ける。



■8:42 ホテルからアユタヤ市内まで、約1時間で到着だ。道路の真ん中にそびえるパゴダのロータリーを見て、古都アユタヤに来た事を実感する。


■8:53

予定時間通りに、アユタヤ国立博物館(Chao Sam Phraya National Museum)に到着。

この、アユタヤ国立博物館には以前来た事があるが、その時は月曜日で休館だった。

駐車場にはピンク色の花が満開だった。



■8:56 博物館の前には、クメール時代のまぐさ石が置かれていた。今回、アユタヤ国立博物館を見学する目的は、クメール遺跡に関連した美術品の鑑賞だ。

ここに、まぐさ石が置かれていると言う事は、館内にはもっと素晴らしいものが有るかも知れない?


■9:00

開館と同時1号館に入る。係員に2人分の100バーツ札を出すと、300バーツと言う。

「ふうみん」は30バーツの間違いではないか?と、問うと、返事は間違いなく300バーツだ。

確かに、入場券を見ると150バーツになっている。



■9:18

確か、「地球の歩き方」でもタイの国立博物館のサイトでも入場料は30バーツのはずだ。

何で、5倍の150バーツになったのか?釈然としないまま2人分の300バーツを支払う。

そして、パンフレットを下さいと言うと、「無い!」との返事。

「ムッ!」として入館すると、この1号館に目ぼしいクメール遺跡は無く、余計に「ムッ!」として2号館に向う。



■9:24 2号館のクメール遺跡コーナー。仏像などが展示されているが、目指すまぐさ石や破風は無い。


■9:26

こちらは、3号館の建物。

この博物館には、特に見るべきものは無かった。



■10:03 わざわざ、アユタヤ国立博物館まで迂回して来たのに、何か時間を損したような気分だ…

32号線から347号線に右折して、ロッブリーの国立博物館へ向う。ロッブリーまで48キロ地点。


■10:54

ロッブリー市内のロータリーを走る。

右手の柵の中は、サル寺のサーンプラカーン(San Phra Karn)だ。



■10:55
クメール遺跡  No.1
遺跡名 Prang Sam Yod
様 式 Bayon Style
線路の踏み切り際に佇む、プラーンサムヨート遺跡の3基のクメールの祠堂が突然現れる。

見た瞬間、アンドレ・ブルトンの「ミシンと洋傘との手術台のうえの、不意の出逢いのように美しい!」 と言う言葉が頭をよぎる。まさにシュールレアリズムだ。



■10:58
クメール遺跡  No.2
遺跡名 Prang Khack
様 式 Angkor Wat Style
こちらも、近代的な街並みの中に異様な感がするプラーンケーク遺跡。


■11:02

ロッブリー国立博物館(Somdet Phra Narai National Museum)に着いた。

入場券売り場で、外国人150バーツの表示を指差して「高い!」と言った。

人の良さそうな係員のオッちゃんは、すまなそうに「1人分でいいよ!」と小声で言う。


■11:08

そのご好意に甘えて、1人分を購入し「yayo」と2人で入場する。(この理不尽な入場料金の値上げは、今月の1月からとの事)



ロッブリー国立博物館は、広大な敷地の中のピマーン・モンクット宮殿にある。



■11:17  この博物館はクメールの美術品よりも、ドヴァラヴァティー(Dvaravati)様式の美術品が多い。クメールのまぐさ石などは無くて残念な気持ちだ。


■11:17

ガルーダの上に乗るヴィシュヌ神像。



■11:50
クメール遺跡  No.3
遺跡名 Wat Nakhon Kosa
様 式 Angkor Wat Style
ワットナコンコサ遺跡に寄る。

昼の強い日差しの中、首の無い仏像がなおさら物悲しい。


■12:49

ロッブリーから1号線を南下し、サラブリに向う。

左折して、サラブリ郊外のバイパスを通り2号線に向う。


■12:55

2号線に合流し、コラート(ナコンラチャシーマー)へ向う。



■13:18

2号線を走りながら、昼食のレストランを探す。

感じの良さそうなレストランが在り、車を日除けのある駐車場に入れる。


■13:20

レストランの入口には、大きな蒸し器いっぱいに小どんぶりが並ぶ。

食いしん坊の「yayo」は、うれしそうに器を指差して考えていると、日本語の分かる娘さんが奥から出て来てアドバイスしてくれた。

そのアドバイスに従い注文する。


■13:24

我々の選んだ料理。

グリーンカレーを始め、みんな美味しい。


■13:31

レストランにはコラート(高原の意味)のそよ風が吹きぬけ、乾季のオープンエアは誠に快適だ。

そして、ビアシンが旨い。


■13:35

隣のテーブルで美味しそうに食べていたココナツミルクのスイーツを頼む。

プリプリとした食感とココナツミルクの甘さを楽しむ。


■13:48

心地よいそよ風と美味しい料理で、ビールを2本も空けてしまった。

お昼は基本的に1本と思っているのだが、そこはマイペンライの精神で…

昼食代、チップ込みで430バーツ。


■14:31

2号線をコラートに向って走っていると、タイヤを満載したトラックが走っていた。


■14:35

左手にLamtakhlong Dam が見える。

この時期、大きなダム湖(貯水量:310立方キロメートル)の水は一杯だ。

しかし、6月頃になるとこの水が干上り、イサーンの過酷な自然を肌で感じる事が出来る。



■14:47 24号線、201号線との交差点を過ぎると、目指すスンヌーン(Sung Noen)の町も近い。クメール時代のコラートの町は、このスンヌーンにあった。



■15:17
クメール遺跡  No.4
遺跡名 Wat Dhammachakra Semaram
様 式 Dvaravati Period(7th-8th)
スンヌーンの街外れに、長さ13.3メートル、高さ2.8メートルの金箔の貼られた寝釈迦仏が横たわっている。ドヴァラヴァティー時代の1300年も前に作られたものだ。


■15:20

寝釈迦仏は砂岩がむき出しになっている。多分、創建当時は漆喰が塗られ綺麗な仏だったのだろう。

この寝釈迦仏は、コラートで旅行代理店を経営していた(現在閉鎖)「コラートマガジン」の関口さんにススメられた遺跡だ。


■15:27

近くの建物の中には色々な遺物とともに、寝釈迦仏よりもさらに古いと言われる砂岩彫刻の「法輪」が展示されている。

「法輪」…法(ダルマ)とは宇宙、自然の摂理。輪(チャクラ)とは循環。

輪廻転生の世界観で、法輪=仏陀。



■15:17
クメール遺跡  No.5
遺跡名 Mueang Sema
様 式 Dvaravati Period(7th-8th)~Khmer Period(10th-13th)
寝釈迦仏の安置された寺の直ぐそばにMueang Sema 遺跡があった。

ドヴァラヴァティー時代からクメール時代に栄えた、4×3キロ四方の街の跡だ。


■15:42

クメール独得のレンガ製の十字型テラスの上にヨニが置かれ、聖水を流すソーマスートラ(Somasutra)も設けられている。

タイ風の修理なので、何処までがオリジナルかは分らない。


■16:04

スンヌーンの町を抜けて、ムアンケーク(Prasat Muang Khaek)に向う。



■15:17
クメール遺跡  No.6
遺跡名 rasat Muang Khaek
様 式 Koh Ker Style
1990年、タイ芸術局(Fine Art Department)によって修復された時に、コーケー様式の素晴らしいまぐさ石が6本も発掘された。このまぐさ石はピマーイの国立博物館に展示されている。


■16:23

遺跡には基壇とフレームしか残っていないのは寂しいが、この力強い立柱が好きだ。

さぞかし、当時(10世紀頃)は立派な建物が建っていたのだろう。

この辺りはオールドコラートと呼ばれ、昔のコラートの中心だった。



■15:17
クメール遺跡  No.7
遺跡名 rasat Muang Kao
様 式 Bayon Style
AROKAYASALA(Hospital)
ムアンカオ遺跡は、他の2つの遺跡よりも後の13世紀のジャヤヴァルマン7世が102ヶ所造った「施療院」だ。


■16:56

今回の旅のテーマの一つである、「経蔵に聖水を流すソーマスートラ」が設けられているか?を調べる。

残念ながら、この施療院にはその痕跡は認められなかった。



■15:17
クメール遺跡  No.8
遺跡名 Prasat Non Ku
様 式 Koh Ker Style
そして、ノンクー遺跡に向う。西日をバックにしたフレームがとても印象的だ。この遺跡は10世紀頃のコーケー様式で、シヴァ神を祭ってある。



■17:40 2号線を走り、ナコーンラチャシーマー(Nakhon Ratchasima)、通称コラートの市内に入る。この都市は人口22万人を擁し、近郊には日本の企業が進出しているタイ第二の都市だ。

このまま進み、右折してタオスラナリー像の通りから旧市街に入ろうと思ったが、混んでいるので手前を右折する。


■17:47

市内を走ると中国風の円形の建物があった。



■17:50 旧市街に入りチャイナロン門を目指す。チャイナロン門を出た先に、今晩泊まる予定のパンチャダラーホテル(Punjadara Hotel)があるはずだ。

「地球の歩き方」に、2006年12月オープンのコラートの最新ホテルとの紹介記事があり、泊まって見ようと思った。


■17:55

パンチャダラーホテルを見つけて、早速車を入れる。

レセプションで宿泊代を聞くと、1泊朝食付で950バーツとの事で、2泊分を申し込む。

コラートのホテルは過去に
・チョムスラン
・デュシットプリンセスコラート
・シマターニ
に宿泊した。

各ホテルの詳細は「タイの地方ホテル案内」


■18:01

部屋は新しく清潔だった。

しかし、隣の建物はエンターテインメントコンプレックスで、深夜(午前2時ぐらい)まで音楽がうるさい。

音が気になる人は、反対側の南に面した部屋にすると良い。


■19:11

部屋で一休みして、夕食に出る。

旧市街地の中心にある Manat Road のナイトバザールを歩くが「着る物の店」ばかりで、昔に比べ「食べ物の店」が少なく面白くない。

初めて訪れた時に衝撃を受けた、イサーン名物の「昆虫の唐揚げ屋」の屋台も無く、何か少し寂しい感がする。


■19:39



コラートで前から気になっていた地鶏の店「黒田」に入る。

以前は、せっかくタイに来たのに日本食じゃ~あと、敬遠していたが、今回は自然体で行こうと思い店に入る。

地鶏の焼き鳥や刺身を中心に注文する。味はタイの日本食では合格点だ。


■20:14

写真は黒田のママ。我々熟年の日本人夫婦に興味を示し、話しかけて来た。

レンタカーでイサーンを旅していると話すと「ビックリ」していた。

家人の「yayo」とオリジナルのシルクやそのシルクを使った提灯、地鶏の牧場、コラートの日本人などの話題で話が弾んだ。

「サイトに載せるよ!」と言うと、「黒田の料理は美味しい」と書いてくれと、さすが商売人。

料金はチップ込みで1000バーツ。


■黒田でもらった旧市街の地図

・「パンチャダラーホテル」は地図の下の場所で、旧市街に近い。

・「黒田」は地図の真ん中やや下の場所で、路地の突き当たりにある。

・黒田でタイマッサージの上手な店を聞いたら、従業員が「KSホテル」がいいと言い、明日行くことにする。

・レストランの「Rabiang Pa」は「ロンリープラネット」のオススメなので、明日行って見よう。


■20:52

ホテルへの帰り道、果物でも買おうと市場に寄った。

目指す果物は無かったが、イサーン名物の「昆虫の唐揚げ屋」の屋台を発見、思わずシャッターを切る。


■21:33

ナイトキャップに日本で買って来た「久米仙」の古酒を飲む。

香りが良く旨い。この古酒(クース)はストレートで飲み、ミネラルウォーターがチェーサーだ。

昔、那覇で一人で入った「うりずん」という沖縄料理の店のカウンターで「甕出しのクース」を水割りで飲もうとした。

その時、隣にいた見ず知らずの大学の教授の方から「勿体ない!こんないい酒はストレートで飲みなさい」と注意された事があり、それからはクースはストレートで飲んでいる。


21:50

クースを飲みながら、先ほど黒田のママからもらったフリーペーパーのDAKOを読んでいたら、左記の記事が出ていた。


減少した観光客を誘致しようとしている、タイ政府のやる事ではないと思うが…
HOME BACK NEXT INDEX
イサーンの大地走行2000キロプラス クメールの残滓を探しに
イサーンの大地走行2000キロプラス クメールの残滓を探しに