■行程12日目>ビルマ国境の三塔峠、サンクラブリー、ピロック(Pilok)へ



● 走行DATA
当日走行距離 492 km
累計走行距離 4.051 km
当日給油 25.0 ℓ
累計給油 258.9 ℓ
ThinkNet Co.,



■5:58

空が少し白んできた。



■6:23 リバークワイヴィレッジリゾートの室内から外のテラスに出て、早朝の新鮮な空気を胸一杯に深呼吸する。

クウェーノイ川の対岸の山には霧が立ち込めている。今日の天気はどうだろうか?ビルマ国境に行くので快晴を期待したい。


■6:46

朝食にレストランに行くとテーブルの上に、リバークワイヴィレッジリゾートの地図が載っているランチョンマットが敷いてあった。

広い敷地に色々と楽しめる施設が有る見たいだ。

だから、ヴィレッジが付いているのだろう。


■8:30

リバークワイヴィレッジリゾートのゲートをくぐると、そこは323号線だ。

左折して、終点のビルマ国境のスリーパゴダパス(Three Pagodas Pass)に向おう。

日本軍が建設した泰緬鉄道の、スリーパゴダパスの駅名は三塔峠だ。



■9:16 323号線を西に走る。


■9:20

これから山の中に入るので、トンパプーム(Thong Pha Phum)手前のスタンドで給油する。

この地点は、カンチャナブリから西北に約150キロだ。


★給油DATA
710バーツ、
25.0L、1L/28.9バーツ。


■9:24

スタンドの脇にコーヒースタンドがあり、アイスコーヒーを注文する。

そこの、元気のいい「おばちゃん」に、…今日一日分の元気を貰おう!


■9:28

サンクラブリ(Sangkhla Buri)方面は、ここを右折して323号線を走る。

直進すると3272号線で、トンパプームを経てピロック(Pilok)に行きつく。

今日の帰りに、このピロックへ是非とも行って見たいと思う。


■9:43

サンクラブリまで、59キロ地点の快適な山道を走る。



■9:57 OTOP(1村1品)の売店前を走り抜ける。



■10:04 カオレムダム(Khao Laem Dam)は1983年に建設された。広大なカオレム湖は、湖面に浮ぶ水上生活者の住居がとてもいい感じだ。なんとも、旅情を誘う風景だ。



■10:11 近くの岬に整備されたキャンプ場があったので、一休みする。



■10:58 ここを右折すると、スリーパゴダパスまで19キロほどだ。直進すると、5キロほどでサンクラブリに着く。


■11:07

タイ国境警察の検問所があった。

「ふうみん」たちはノーチェックだったが、国境に向う緊張感が漂う。

この高揚する気分が、非日常的で心地よい。

…やはり国境マニアの素質があるのかな!




Shinji さんの「掲示板」への投稿  ①スリーパゴダパス



さてR323の終着にあるスリーパゴダ、タイ語で Chedi Sam Ong ですが、ここもいろいろな見地から面白い所です。スリーパゴダの画像を追加しました↓
http://www.geocities.jp/shinji_th/archive/kanchanaburi/index.html

国境線についてですが、注釈を要する三ヶ所を tp1 に図示しました。紫色の線は泰緬鉄道の跡です。一説によると旧日本軍は泰緬鉄道をスリーパゴダの南西1キロの地点を通る、もっとなだらかなルートで計画していたのが、同盟国タイのたっての要望でスリーパゴダを通過するようにルートを変更したそうです。黒い点線は現在のR323ができる前の旧道です。当時は、メーソットからウンパンへ行くのにタイの役人でさえも Waley 経由でビルマを横切って行った時代なので、こういうルートが許容されたのでしょう。

1.この細長い領地は何なのかというと、妥協の産物です。1868年の条約でこの付近の国境線を分水嶺と定めたのですが、当時はスリーパゴダがちょうど分水嶺の上に乗っているという大まかな理解(誤解)があり、そこを通るなだらかな国境線が地図上に引かれました。それが1893年になってキッチリと測量をやったところ、本当の分水嶺はもっと東側にあるという事が判明し、ビルマの領主であるイギリスは国境線の引き直しを要求しました。タイは基本的には合意したものの、スリーパゴダだけはタイに残して欲しいと交渉し、現在の奇妙な国境線が引かれました。この細長い領地の根元は切り立った山が塞いでいて、トンネルでも掘らない限り徒歩以外では到達できないんですが、当時は自動車も無かったし、現地民の便宜的な越境は日常茶飯事だったので、それほど不便な事は無かったのでしょう。

2.標高図が示すように、この部分の国境線は分水嶺に一致していません。これは私の推測なのですが、スリーパゴダをタイの領地とする代わりに、この部分をビルマに組み入れたのかも知れません。イギリスは諸外国相手の商売で発展した国だけあって、外交政策がガメツイです。なお、ここにはR323と同時期に建設された木材搬送用の裏道(cave へ行く道の延長)があるんですが、あまり詳細に図示するといろいろとあれなので、tp2 を見て察して下さい。

3.R323が国境線を横切っています!実際にR323を走ってみるとわかりますが、(地図上の)国境線を横切るあたりがなだらかな丘の峠になっていて、たしかに分水嶺を越えている事が確認できます。これをどう解釈するか、私も未だ結論に達していません。私の手元にあるいくつかの Landsat 画像を見比べてみると、1973年、1978年にはこの道路の痕跡は認められません。もっとグニャグニャした遠回りのルートはあったようです。1985年には、R323の原形を認める事ができます。1989年には、ダートながら立派に開通しています。





■11:08 323号線の直線道路を走る。


■11:10

地図③の石灰岩の小山に向う直線道路。


■11:12

盲腸のようなスリーパゴダ地域の、地図③のスリーパゴダに向う一直線の道路。



■11:14 スリーパゴダの周りを道路が一周しており、右側にイミグレがある。また、半分近くを土産物屋が占めている。



■11:15 ビルマ(ミヤンマー)の国境ゲート。UNION OF MYANMAR と書いてある。その上には、丸まっこい特徴のあるビルマ文字が記されている。


■11:17

こちらはタイのイミグレ。

SAUGKLABURI IMMIGRATION と書いてある。

その上には、お馴染のタイ文字が記されている。



■11:18 スリーパゴダの周りの道路には、土産物屋が並ぶ。


■11:18

土産物屋の軒先で、ゴルフクラブを振る男。

グリップを見ると、多分ゴルフをした事は無いでしょう。

その後の、アロハシャツにサングラスをかけた金正日みたいな男。

何か国境の怪しげな雰囲気があって、いい感じですね~。


■11:24

「yayo」も、趣味の石やネックレスを値切って買い込んでいた。

やはり、こんな所まで来ると値段は安いそうだ。

…そりや~あ、そうだろう!


■11:30

もう直ぐお昼と言う事もあって、食堂の「おねいちゃん」はとても忙しそうだった。



■11:34 土産物屋の裏には簡単な塀があり、その向こうはもうビルマだ。そのビルマのダート道を走る、二人乗りのオートバイ。


■10:35

泰緬鉄道の地形図があった。

「BURMA-THAI RAILWAY」と書かれてある。この順序だと、「泰緬鉄道」じゃあ無くて「緬泰鉄道」になるのだが、いいのかな~あ?

これは、鉄道の建設50周年を記念して作成されたものだ。


■11:43

スリーパゴダリゾート(Three Pagodas Resort) の前を走る。

Shinji さんいわく…村のはずれにThree Pagodas Resort という、閑古鳥が鳴いていそうな宿泊所があって、敷地のすぐ裏がビルマなので、夜寝ているだけでスリルを味わえそうです。


■11:43

スリーパゴダパスのそばにある村、Ban Chedi Sam Ong 。

ここに住んでいるのは、タイ人なのか?それともビルマ人かな?




Shinji さんの「掲示板」への投稿  ②サンクラブリ



さて、サンクラブリです。あの垢抜けない雰囲気が旅情をさそいます。ソンカリア川を挟んで、東側がいわゆるサンクラブリ(行政区)、西側がモンの村 Ban Wang ka となっています。画像です↓
http://www.geocities.jp/shinji_th2/archive/kanchanaburi2/index.html

拡大画像1~4につきまして、
1.画像左が自動車橋で、中央が例のモン橋です。確かオリジナルのモン橋はソンカリア川の増水時に流木が当たって崩壊したとかで、現在の橋は二代目です。数年前にモン橋に連結する形で第二の遊歩橋ができて、ゲストハウス地区(写真の右外)からのアクセスが容易になったのは便利なんですが、モン橋に似せたあの造りは観光客の受けを狙ったんでしょうが、二番煎じというか紛い物というか、どうせならもっと現代的な外観にした方がモン橋が際立って良かったんじゃないでしょうか。




■12:03

サンクラブリの村のゲートをくぐる。



■12:13 金色に輝く仏塔を持った、モン族の新しい寺院に行く。寺院の名前はPhra Chedi Buddha Kaya Jumlong と言う。大きな駐車場があり、向って左側には土産物屋が並ぶ。


■12:15

モン族の新しいこの寺院は、モン族の反乱兵士が領地を通る密輸品に通行税をかけて、寺院建設の資金源にしたと言う説がある。

そして、この寺院の地下には大きな武器庫が隠されている?と言う、きな臭い話しもある。

何か、とても怪しげな所だ。


■12:16

仏像に威厳はない。


■12:20

大きな駐車場の横の土産物屋は、高床式で色々な物を売っていた。


■12:33

モン族の新しい寺院から少し離れたところに、ワットワーンウィウェーカラム(Wat Wang Wiwekaram)がある。

カオレムダムの建設によって湖底に沈んだ寺院の代償として、今の場所に建てられた。

この寺院の僧侶は、ほとんどがモン族なのでワットモンとも呼ばれている。


■12:41

タイで最長の木造橋が眼下に眺められるSamprasob Resort のレストランで昼食としょう。


■12:47

まずは、シンハービールで一服だ。

残念ながら、雨季で水量の多いためか、沈んだ寺院は見えなかった。



■12:48 タイで最長の木造橋を眼下に眺める。



■12:49 こちらは、左のゲストハウス地区から木造橋に繋がるコンクリート製の橋。木造橋と異なり情緒はない。


■13:03

絶景のカオレム湖と木造橋を眺めながらビールを飲む。最高だ!

そして、カオパッドを食べる。

昼食代、140バーツ。


■13:19

レストランの磨きぬかれた木の床に、ブルドックがとても気持ち良さそうに寝ていた。


■13:25

昼食後、レストランに車を置いたまま、坂道を下りモン族の木造橋に行く。

この木造の橋は二代目との事。

対岸はモンの村だ。



■13:28 入り口の食堂から眺めた木造橋の全景。情緒をそそられます。


■14:44

サンクラブリから、60キロの山道をトンパプームの交差点に戻った。

ここから、ビルマ国境のピロックまでは60キロだが、後半の30キロはすごい山道という。

それに、時間も時間だし、果たして普通のセダンでこの雨季の山道を走破出来るのか?とても不安だ。

…と迷っていると、ドライバーの「yayo」が「ここまで来たのだから行きましょう!」と右折して3272号線に入る。


■15:18

左折して、3272号線でピロックに向う。

これからの悪路の山道を覚悟する。



■15:46 ビューポイントがあった。カオレム湖と周りの山々を望む。ここまでのすごい悪路の走行を思うと、まさに天国と地獄の両方を味わう気分だ。


■15:53

ビューポイントから、西側に入ると道は更に悪くなる。


■15:59

連日の雨で、道路は川の状態でいたるところ崖崩れだ。


■16:02

トンパプーム国立公園(Thongphaphum National Park)の入り口があった。

何か、一安心する。

もう少しだろう!


■16:04

崖崩れの道の向こうに、山並みが見えて来た。

多分、あの山の稜線がビルマ国境だ。あと少しだ。気をつけて走ろう。




Shinji さんの「掲示板」への投稿  ③ピロック(Pilok)



Pilok ですが、まあ、面白い所です。何が面白いかというと、
1.途中の山道がエキサイティング
2.天気が良ければ、ビルマを見下す景色がグッド

1について、途中の道路が細くてクネクネしているのはオートバイにとっては問題無いんですが、自動車の場合は車幅とかハンドルの切り返しとかの点で神経が疲れるかも知れません。2について、Pilok はとても雨が多い地域で、天気が悪いと景色が見えず、行く価値が半減します。標高は900mぐらいなんですが、雨雲が引っかかるというか、霧が出る事が多いです。

Pilok は行政的には tambon (sub-district) の名前で、その下に ban (village) がいくつかあります。R3272 の果てにあるのは Ban I-Tong (または Etong)という村です。Ban Pilok という本家(?)もありますが、これについては後述します。観光客が手軽に訪れる事ができて満足度が高いのは Ban I-Tong です。

Ban I-Tong の画像を追加しました↓
http://www.geocities.jp/shinji_th/archive/kanchanaburi/index.html

では、画像内の番号順に解説します。

1.村のシンボルともいうべき貯水池です。
2.長さ300mほどの村の中央通りです。雑貨屋あり、食堂あり、近頃ゲストハウスもできました。
3.村の小学校です。
4.村の寺です。
5.ここに警察のチェックポイントがあります。フリーパスの時もありますが、パスポートの提示を求められる事もあります。
6.自動車がUターンできるぐらいの広場です。ビルマ兵のバラックが隣接しています。ここからビルマに向かって崖のような急斜面が目を引きますが、これはパイプライン(天然ガス、ビルマ→タイ)を埋めた跡です。タイ側には大きなパイプライン施設が見えます。
7.丘の上に面白そうな寺が見えますが、ビルマ軍の管轄下なのでうかつに入れないです。
8.石の階段を登ると展望台があり、天気が良ければビルマが見下ろせます。タイとビルマの旗が二本並んでいて微笑ましいんですが、要するにこのあたりは国境線が確定されていないわけです。
9.国境警察(BPP)の詰め所があり、観光客はここでUターンです。道路は国境を越えてビルマに入り、はるかラングーンまでつながっているんですが、このゲートを通れるのはパイプライン関係者だけです(タイ人とビルマ人の技術者の行き来がある)。
10.このダート路は国境に沿って数十キロ延びています。国境マニアも怖気づくアドベンチャー道路です。




■16:10

ピロック(Pilok)の村バーンイートン(Ban I-Tong)の入り口のゲート。

これで、やっと着いた。と言うのが正直な感想だ。


■16:16

ここを右折をすると、画像②の村の中央通り。

上方には、画像④の村の寺が見える。


■16:16

村人が怪訝な顔で見つめる。


■16:18

3272号線をそのまま走って行くと、画像⑨の国境警察(BPP)の詰め所に出た。

ここで、タイ側の道路は終る。


■16:19

目の前の3272号線の道路には、無常にもゲートが閉まっている。

切通しの向こうはビルマだ。ヘッピリ腰でゲートに近いた。


■16:19

その時、タイの国境警察の私服の警官が出て来て、何とゲートを開けてくれた。

そして、自分の後について来いと言う。

願っても無い事だ。

直ぐに、「ふうみん」と「yayo」は警官の後に続いた。



■16:20  ビルマ側に入ると二棟のバラックがあり、一棟は監視所で、ゴリラの様な顔をした警備兵が怖い目つきで、こちらを睨んでいる。その前を、タイの私服警官は軽く手を挙げて挨拶し、100メートルほどビルマ領内に入った。

タイの私服警官が崖の下を指差したので、見るとビルマ軍の基地がある。ヘリポート、兵舎、パゴダ等。これは軍事機密ではないのかな?見てもいいのかな?と、頭の中を疑問がよぎった。でも、ここまで来たんだ。見るだけ見よう。



■16:20 はるか彼方に山々を望む、ビルマ領内の素晴らしい景色を眺める。

手前から延びる道路は、先程まで走って来た3272号線で、この道路は国境を越えてビルマに入り、はるかラングーンまでつながっている。このゲートを通れるのはパイプライン関係者だけだと言う。


■16:21

親切なタイ国境警察の私服の警官。


■16:21

ビルマ領内に、100メートルぐらい不法入国?した。

思わぬ展開にうれしがる「yayo」。


■16:21

「ふうみん」は、さすがに神妙な顔つきで写真に納った。

…この時から2週間後に、ヤンゴンで僧侶らの反政府デモが始まった。

そうすると、多分、この様にビルマへ入国は出来なかったろう。

ラッキーだった。


■16:22

後に見えるバラックはビルマ軍の監視所で、ゴリラのような怖い顔の兵隊がいた。

タイの警官にその兵隊の写真を撮っていいか訪ねたら、首を横に振った。


■16:25

タイの警官に丁重に感謝の挨拶をして3272号線を少し戻ると、画像⑧の地点がある。

ここの右の手すりが石の階段で、上に登ると展望台がありタイとビルマの国旗が掲示されていると言う。

今、ビルマ領内から絶景の景色を見たばかりなので、この場所はパスする。



■16:25 画像⑥のこの地点から、ビルマに向かって崖のような急斜面がある。これはパイプライン(天然ガス、ビルマ→タイ)を埋めた跡だ。



■16:25 画像⑦の丘の上に面白そうな寺が見えるが、ここはビルマ軍の管轄下だ。

写真を撮っていると、ビルマの兵隊から大声で怒鳴られた!慌てて車に入り、逃げる様に発車した。


■16:28

画像⑤の警察のチェックポイントだが、誰もいない。ノーチェックだった。

山の上に雨雲がかかり、今にも雨が降り出してきそうだ。

バーンイートン(Ban I-Tong)の村を見学したいが、あの道を通るのを考えたら、急いで帰ろうと思う。


■16:32

画像③の小学校から帰る子供たち。

我々に向って、大きな声で挨拶をした。



■16:51 崖崩れの山道を慎重に走行する。このレンタカーのタイヤは、かなり磨耗しておりスリップが怖い。なにしろこの道には、ガードレールなどは無いからね。



■17:51 ピロックから3272号線を1時間以上走行して、やっとカオレムダム(Khao Laem Dam)に出た。



■17:56 夕暮れの3272号線をカンチャナブリ方面に走る。今日は良く走ったものだ。特に、雨季のピロックへの往復は神経を使った。ドライバーの「yayo」に感謝!


■18:28

そうだ、ドライブの疲れをヒンダー温泉(Hin Dat Hot Spring)で癒そう。

この温泉は、泰緬鉄道の建設に関わった日本軍が掘り当てたと言う。

入浴料は、20バーツ。



■18:31 大きな二つの温泉の浴槽。早速、水着に着替えて入浴しよう。脇の川にも温泉が湧いており、そちらに入る人も多い。



■18:52 この温泉で今日の充実した一日の疲れを癒した。入浴後「ふうみん」は駐車場でビールとツマミを買い、車の助手席で早一杯やりながらホテルに戻る。。


■20:34

ホテルに戻ったのは8時を過ぎていた。

本日の走行距離は、何と492キロだ。

山道を入れての492キロだから、本当に疲れた訳だ。

レストランは空いていた。


■20:44

「ふうみん」はチキンのステーキ、「yayo」はビーフのステーキの夕食を摂る。

夕食代644バーツ。




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