| [蔵出し映画缶] |
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〜懐かしの1960〜70年代 映画の玉手箱〜 |
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| 「女と男のいる舗道」 |
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「映画の友」
1962年5月号表紙 |
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10、永遠の妖精 オードリー・ヘップバーン
ゴールデンウイークの真ん中、五月晴れの薫風を身に受けて、小田急デパートの町田店で開店30周年記念特別企画と銘打つた「永遠の妖精 オードリー・ヘップバーン」を見に行ってきた。
展示の内容は映画スターの写真で有名なボブ・ウィロビーの作品120点と日本での上映当時の映画のポスターの展示などで、オードリー・ヘップバーンの魅力満載だった。
特にポスターをコレクションしている「ふうみん」にとって、「ローマの休日」を始めとした日本での封切り時のポスター数点は、喉から手が出るほど欲しい物だ。(もちろん非売品)
会場には熟年の女性の姿が多かった。「ふうみん」はやはりと思った。その理由は、オードリー・ヘップバーンは廃刊された雑誌「映画の友」の読者が選んだベストスターに1958年から7年間に渡りトップの座を維持した大スターで、当時の女性ファンに絶大の人気だった。
ちなみに、1966年にそのトップの座を明け渡した相手はジュリイ・アンドリュースで、その年の男優のトップはショーン・コネリーだった。
「ふうみん」と家人は40年も昔の青春時代を懐かしみ、この会場での一時を楽しんだ。そして、子供のような無邪気な気持ちになって、出口の売店でポスターなどを手にとって数点買った。
そうか、今日5月5日は「子供の日」だ。
2006.05.05
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松本俊夫=脚本・監督
「修羅」の試写会招待状
1971年1月22日
朝日講堂
松本プロ+ATG提携作品
出演・
中村賀津雄
三条泰子
唐十郎
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9、新宿文化とうれしいメール
この正月、実家に年始の挨拶に行ったついでに何か面白いものはないかと押入れの中を漁っていたら、古いハガキの束の中からATG作品で松本俊夫監督の「修羅」の試写会招待状や当時の「ATG」や「草月シネマテーク」の案内状。それに四つに折られたジョセフ・ストリック監督の「ユリシーズ」のチラシ等が出て来た。
捜していた宝物を見つけたとてもうれしい気分だった。そういえばこの所、「ふうみん」は他のサイトばかり更新して「蔵出し映画缶」の更新がおろそかになっていたなあ〜と思い、近い内にATGを題材にしてサイトを更新しなくては!と考えていた。
そんな折、「蔵出し映画缶」を見た「ふうみん」と同じ団塊世代の女性からメールが来た。
…北の地方都市でヌーベルバーグ映画に憧れていた女の子は東京の短大に進学し、1968年から1969年にかけて新宿文化でアルバイトをしていました。
記憶の扉を叩いた事から、自分が持っていた当時の資料などを探す内、興味はおのずと60年代の新宿へ。風月堂のサイトなども発見し、ここのところ毎日のように新宿にタイムトリップしています。
「アートシアター新宿文化」で検索していて「蔵出し映画缶」を発見。懐かしさで一杯です。…(メールの概略)
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と、とてもうれしいメールでした。
丁度、彼女がアルバイトしていた期間である、1968年から1969年にかけての「新宿文化」の「アートシアター友の会」の会報「CERCLE DESSAI(セルクル・デッセイ)」に「アートシアター新宿文化」と「アンダーグラウンド蝎座」のスケジュールが掲載されています。
当時の貴重な資料でもあり、「新宿文化」の活動が良く分かると思い「特集コーナー」で取り上げる事にしました。
当時の熱気とエネルギーの満ちた「新宿文化」の雰囲気を味わってほしいと思います。
2006.02.11
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映画館に貼ってあった
タイの映画ポスター
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8、タイの東北部(イサーン)の映画館
6月の中旬に8日間タイの東北部(イサーン)に行ってきました。これは「ふうみん」のメインサイト「イサーンの大地走行2000キロプラス」の取材の旅でした。
今回のテーマは、アンドレ・マルローの「王道」を読んで、クメール遺跡に惹かれて旅に出る「失われた王道を求めて」と題した旅でした。帰って来てからも2000枚のデジカメの整理に数ヶ月を要します。
そんな訳でこの「蔵出映画缶」として、今企画中のコンテンツは幾つかあるのですが、当分の間制作する事はできません。
とりあえず、バンコクから630キロも離れたラオス国境に近い都市ウボンラチャターニーの映画館の写真を載せます。
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映画の看板の下に止まっているのは、タイ名物のトゥクトゥク |
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映画館の切符売り場。こんなに窓口が多いのは人件費が安いからでしょう |
2005.07.03
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石津謙介さん(53歳の頃)
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アイビー・ループ」の解説
本格的なボタン・ダウン・
シャツの条件として正しい
位置にあるアイビー・ループは
VANだけがパテントを持つ
トラデイショナルな
ディテールです。
皆さん知っていましたか? |
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7、石津謙介さんとヴァンヂャケット
石津謙介さんが去る24日に肺炎で亡くなったとの訃報に接した。93歳の大往生だった。「ふうみん」は、石津謙介さんといえば直ぐに「IVY」、「VAN」と、3文字のロゴが反射的に頭をよぎる。
「ふうみん」は団塊の世代である。高校に入りファッションに興味を持った時に、そこに「アイビールック」があった。まさに、このサイトのサブタイトル「〜1960年代映画の玉手箱〜」の映画にのめり込んだ時期と「IVY」、「VAN」は重なって、今でも記憶の残像として残っている。
高校生だった「ふうみん」は、アイビーカットに「VAN」のボタンダウンのシャツを着て、リーガルの靴を履き、「VAN」の紙袋を持ち、池袋の街にたむろしたものだった。…「ふうみん」は銀座のみゆき通りにたむろしなかったので「みゆき族」ではない。友人に「元みゆき族」がいて、この頃の話題になると彼には、今でも1歩も2歩も譲らなくてはならないが。
60年代の中頃は、青山通りに面した「VAN」の本社前を通る度に、こんな会社に入りたいと思ったものだった。しかし、それも60年代後半になると急に色褪せていった。例えばライバルの「JUN」は天井桟敷のポスターのスポンサーになり、下記の「アングラ演劇」の横尾忠則のポスターにその名を残している。
この頃の日本人の大人のファッションは、日曜日に動物園に行くにも背広に白いワイシャツ姿だった。TPOの概念も無かった。現在でも「ほりえもん」見たいな概念のない者もいるが…。
「ふうみん」が日活のアクション映画を評価しないのも、当時の男性俳優のファッションが酷いからである。裕次郎、旭しかりである。
「蔵出し映画缶」で昔の資料を整理していたら平凡パンチ・デラックスの別冊付録が何冊も出て来た。その内に1960年代のファッションの特集でもしたいと思っているが、今回は石津謙介さんを偲んで「VAN」と「IVY」を少し紹介したいと思います。…姉妹サイトの「蔵出し昭和缶」にヤングメンズファッションのコンテンツを設けました。
また、こんな話があります。「VAN」の商標登録時「VAN」の名前はすでに登録されており、しかたなくその下にヂャケットの「・JAC・」を付けたそうです。ですから、正式な商標は「VAN・JAC・」です。これを「ヴァンヂャケット」と呼ぶのが何か、当時は恰好がよかったですね。
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穂積和夫さんのIVYのイラスト
1965年、日本製靴(REGAL)
パンフレット表紙より |
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平凡パンチ・デラックス
1966年3月号付録
「男の服専科」
IVY STYLE
逆さの頭はアイビーカットだ |
2005.5.31
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ジャパン・アヴァンギャルド
アングラ演劇傑作ポスター展

寺山修司
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6、サイト開設1周年と寺山修司生誕70年
「蔵出し映画缶」のサイト開設一周年と全面リニュアールを記念して、何か新企画を!と考え、「特集コーナー」を設ける事にした。そして、第一回として「1960年代後半・自主制作映画」を取り上げた。
次の第ニ回として「1960年代後半・アングラ演劇」を取り上げる事にして、ネットサーフィンしていると、寺山修司の生誕70周年を記念して「ジャパン・アヴァンギャルド〜アングラ演劇傑作ポスター展〜」が、北千住の「シアター1010・アトリエ」で開催されていると聞き、5月4日に見に行って来た。この5月4日にこだわったのは、寺山修司の23回忌の命日に当たるからだ。
会場には懐かしい約80点のポスターが展示され、30年以上も昔に時計の針を巻き戻し、しばし懐かしい追憶の時を楽しんだ。観客は「ふうみん」の年代は皆無で若い人ばかりだった。それも女性が大半を占めていた。寺山修司が若い女性にこんなにも支持されているとは少し意外だった。
会場で寺山修司と天井桟敷の関連商品を色々と販売していた。まず目に付いた「草迷宮」の公開当時のポスターが限定10枚で、一枚2000円だ。早速に購入した。
次に「ジャパン・アヴァンギャルド〜アングラ演劇傑作ポスター100〜」PARCO出版の大型本を購入すると、先着100名に同書の出版を記念したポスター展覧会のB全版の特大ポスターがおまけに付くという。まだ100名以内でおまけが大丈夫なのを確認して、これも早速に5040円で購入した。
そうしたら何と、関連商品を7000円以上購入した人に寺山修司一周忌公演の「時代はサーカスの象にのって’84」のB3版のポスターがサービスで贈呈されるという。何か得をした感じでとてもうれしくなってしまった。(何か、うまく商売に乗せられた感があるが…?)
そんな事で、買い物を車に載せてすごく満足して家路についた。ゴールデンウークの中日で首都高、東名はすごくスムーズだった。
2005.5.5
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5、Yahoo!サーファーのオススメに掲載
下記の「4、サイトのリニューアル終了」に述べたが3月27日(日)にサイトのリニューアルが終わったので、Yahoo!にサイトの登録の推薦依頼を行った。
「ふうみん」のメインのサイト「イサーンの大地走行2000キロプラス」は初めて作ったサイトだったが、完成と共にYahoo!にサイトの推薦を行い直ぐにYahoo!に登録された。しかし、この「蔵出し映画缶」はサイトの登録に二度ほど落ちていた。しかし、今回のサイトの登録はかなりの自信があった。
4月5日(火)の夜9時過ぎにYahoo!からのメールで掲載の通知が来た。大丈夫だと思っていたが、やはりうれしかった。
掲載先カテゴリは
エンターテイメント>Yahoo!カテゴリ>映画、ビデオ>グッズ
だった。
ところが、もう一つのカテゴリにも掲載されていた。
エンターテイメント>Yahoo!カテゴリ>クール>Yahoo!サーファーのオススメ>mad である。
これは思ってもいなかったので、とてもうれしかった一方、選んでもらったサーファーの方に責任をも感じた。
今までサイトの更新は、メインの「イサーンの大地走行2000キロプラス」が中心だったが、これからは「蔵出し映画缶」にも力を入れて行きたいと思います。つきましては今後ともよろしくお願い致します。
2005・4・10 |
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アンナ・カリーナ |
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4、サイトのリニューアル終了
昨年の5月に「蔵出し映画缶」のサイトを立ち上げてから、トップページが気に入らず何度か作り直して見たが、どれもイマイチだった。
今年に入り、トップページのデザインを幾つか試作して見たところ、J・L・ゴダール監督の「女と男のいる舗道」のアンナ・カリーナの写真を使用して作った画面が気に入った。
そこで、このトップページだけを作り直せばいいのだが、性分といおうか全てのページを作り直さないと気がすまない……。
ここ二ヶ月間、休みの間はパソコンの前に座り、全ページのリニューアルの作業に没頭した。前にスキャンした画像も気に入らず、改めてスキャンした物も多く思った以上の大変な作業だった。
やっとこの3月26日にUP出来、翌27日は一日「サイト」のチェックで終った。
まずは(自己)満足の出来だ。まだやり残した事は沢山あるが、それはこれから楽しみながらゆっくりと行えば良い。とりあえず、今夜は旨い馬刺しで一杯やろう。
2005・3・27
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アネット・バァディムと
ジェラール・フリップ
「危険な関係」
1960年、フランス映画
監督 ロジェ・バァディム
出演 上記二名の他、
ジャンヌ・モロー
ジャンヌ・ヴァレリー
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「激しい季節」の
エレオノラ・ロッシ・ドラーゴ
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2、似顔絵について
映画関連の書類整理をしていたら学生時代に描いた似顔絵が数点出てきました。40年も前の事なので紙が変色しているがとても懐かしく当時の事を思い出しました。とりあえず数点、下手なイラストですがUPして見ます。
確か、描いた似顔絵の中で一番気に入ったマリリン・モンローの似顔絵を「映画の友」に投稿して、入選だか佳作に選ばれた事がありました。残念な事に投稿作品は返却されませんので手元には残っておりません。
今になって思うのは、もう少し一生懸命に描く勉強をしていれば上手く描けるようになって、このサイトに素敵なイラストでも載せられれば良かったのに・・・
まさに「少年老い易く、学成り難し」ですね。
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オードリー・ヘップバーン
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クラウディア・カルディナーレ
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2004・9・11
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1960年代
映画にのめり込んでいた頃の
青春時代の「ふうみん」
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1、ホームページの開設について
今年の正月に初めてのホームページを作って見た。難しいと思っていた画像の取り入れや処理が意外と簡単に出来るので、さらに、新しいホームページを創りたくなり自分の持っている画像や資料に思い巡らしたところ、1960年代に映画にのめり込み、映画ポスターをはじめとし色々な物を集めたことを思い出した。
早速実家に帰り、押入れの中を調べると段ボール5箱もの映画に関する資料が出て来た。資料の中身は、映画のポスター、チラシ、入場券の半券、試写会のはがきとプレスシート、映画の本や雑誌等。また、よく通った人生座を始めとする名画座、アートシアター、草月アートセンター、国立フィルムライブラリーや色々な映画祭の資料などなど。
まるで私は、30数年ぶりに蔵(押入れ)から出した段ボール箱を目の前にして玉手箱を貰った浦島太郎の様だった。玉手箱の蓋を開けるか、おいしいものが入った缶の蓋を開けるわくわくした気持ちだった。そこで、ホームページの題を「蔵出し映画缶」と名付けた。
このホームページを作るに当たっていくつかのサイトを参考のために見たが、当時は紙くず同然だったチラシがこんなにも人気になっているとは全く知らなかった。実は今でも、私はチラシとプレスシートの違いも良く分からないしまさに映画のコレクションについては浦島太郎状態である。
「蔵出し映画缶」は、1960年代の青春時代に映画にのめり込んだ思い出を懐かしみながら作って見た。また、ここに掲載されているものは総て、私「ふうみん」が当時映画鑑賞のついでに個人的に収集したものであり、コレクションとして売買して収集したものではありません。
これからこの玉手箱を少しずつ整理しながら、愉しみながらホームページを充実させて作って行こうと思っています。
「ふうみん」
2004・5・5
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