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■5:30 チェックインの時、エアポート・ビュー・ルーム・プリーズ!と言って選択しただけの価値のある眺めだ。雨季のバンコクの朝を強く実感するとともに、旅の始まりをも実感! |
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■6:00
このホテルの朝は早い。
バンコク空港に近いホテルでトランジット客が多いせいか、朝食のレストランも朝5時からオープンしている。
早朝のレストランには、「yayo」と「ふうみん」の二人だけだ。
半年振りのタイでのタイメシに舌鼓を打つが、ただし味は平凡だ。 |
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■6:27
今日は日曜日だが、バンコク市内の混雑を避けて早めに出発だ。
メーターを見ると、ガソリンのゲージは1/4だ。
昨夜、急にレンタカーの車種が変更になっただけでなく、渡された車はノー・クリーニング・カーだった。
しかし、車種はグレードアップされ、料金は据え置きだから、ある面お得と云えよう。 |
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■7:02
1号線を下る。
真正面に南国の強い朝日を浴びて、一路100キロ先のサラブリを目指す。
平均巡航速度は100キロ強だ。
実は先程、バンコク市内の高速の入口で掃除のおばさんを係員と間違えて10バーツ支払ってしまった。
いらない、と手を振るおばさんに無理に渡した!朝からいつものドジな「ふうみん」であった。 |
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■7:27
サラブリ市内手前の1号線のバイパスに入る。
昨年はサラブリ市内を通ったので、今回はバイパスを選択した。
ここからは、コラートに向う2号線と分岐する。
走って見ると分るが、バンコクからのメイン道路は1号線ではなく、コラートへ向う2号線だ。
チェンマイ等北部へは、32号線がメインなので、サラブリからの1号線は少しローカル感が漂う。 |
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■7:34
サラブリのガソリンスタンドで給油と休憩。
給油口を空けると、95の表示があった。タイのガソリンは91と95のオクタン価の2種類で、95は日本で云うハイオクになる。
★給油DATA
1250バーツ、
41.86L、1L/29.9バーツ。 |
一回の給油で千バーツ以上とは、本当に原油高を痛感する。インフレになる訳だ。 |
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■8:12
サラブリ郊外で、1号線と分岐して21号線に入る。
頭に2がつく道路は、基本的にイサーン(タイ東北部)の道路だ。
イサーンに入ると思うと何かうれしくなる。
道路は片道2車線ですごく良いし、当然の如く車の通行量も少ない。 |
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■9:15 21号線はイヤになるほど素晴らしく、そして真っ直ぐな道。加えて空いた道を快調に走行する。
雨季だというのに空は青く快適な気候だ。とりあえず目指すは、シーテープ歴史公園だ。 |
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■9:27
21号線の標識を右折して2211号線を10分ほど走ると、右側にシーテープ歴史公園の入口があった。
入場料30バーツを支払い中に入るが、案内板も無いし、標識も総てタイ語だ。
分らないまま広い公園内を車で巡ると、所々にラテライトの基壇が見えるが、目指す祠堂はどこにも見えない。
そして、また入口に戻ってしまった。 |
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■9:50 やっと、メインの遺跡の建造物を見つけた。静寂な公園の木々の間にクメールの祠堂が静かに佇んでいた。先程、この近くを通ったが祠堂は林の中で見えなかった。
入口が一般的なクメール建築の東ではなく、北側の為、遺跡の建造物が逆光になる。そのため、なかなかいい写真が撮れない。 |
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■9:53
最初のメイン遺跡(Prang Song Phi Nong)は、中央祠堂と向って右に小さな祠堂があった。
普通は1基か3基の祠堂だが、こんな形の配置は珍しい。
11~12世紀に建てられたクメール建築だ。
小さな祠堂を見る人物は「ふうみん」。 |
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■10:00 小さな祠堂のまぐさ石の彫刻。カーラの上に、聖牛ナンディンに乗るシヴァ神と妻のウマ。地方の職人の手になる為、稚拙なところがあるが反面おおらかさがあり、なかなか素晴らしいレリーフだと思う。 |
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■10:05 最初の遺跡に続いて、逆光の中に一基の大きな祠堂(Prang Sri Thrp)が佇んでいた。この祠堂は、12世紀に建立されたバプーオン様式でピマーイと似たデザインだ。 |
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■10:07
緑の木立の中、青い空と白い雲にレンガの褐色の祠堂。
「ふうみん」が、クメール遺跡に魅かれる構図だ。
ここに、1000年もの悠久の時間が流れ、周りには誰も居ない。
素晴らしく贅沢な空間と時間をまさに一人占めだ。
しばし、恍惚の人になる。 |
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■10:12 この祠堂の横に、ピラミッド状のラテライトで造られた大きな建物(Khao Klang Nai)があった。サイズは幅28m、長さ44m、高さ12mだ。 |
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■10:14
7~8世紀のドヴァーラヴァティー時代に造られたという遺跡の正面に、大きな法輪が置かれていた。
この法輪はブッダの象徴だ。 |
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■10:16
この遺跡の壁面には、7~8世紀のドヴァーラヴァティー時代の漆喰彫刻があった。
「ふうみん」がタイで買った本(Origins of Thai Art)にも載っている貴重な漆喰彫刻だ。 |
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■10:28
近くの建物から、数人の観光客が出て来たので覗いて見た。 |
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■10:30
建物内には、発掘された人骨がそのまま展示されていた。
これは、コラートのバーンプラサートやウドンのバーンチャンと同じ先史時代の墳墓遺跡だ。
左側の大きな人骨の喉のところに、矢じりが刺さっており戦死したものと考えられる。 |
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■10:30
解説のボードは、タイ語で分からず。
ここシーテープ遺跡は、先史時代の墳墓遺跡と、ドヴァーラヴァティー王国とクメール帝国が接触し、融合した遺跡だった。
…よほどの聖地なのだろう。 |
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■11:04
21号線戻り、北上すると隣街のウチアンブリに出た。
ここは、ガイヤーン(焼き鳥)が名物だ。
今日は、朝が早くお腹が空いたので昼飯としょう。
先程の遺跡見物で、咽もカラカラだ。 |
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■11:12
交差点の近くに、ガイヤーンの屋台がたくさん出ている。
一番美味しそうな店に入る。 |
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■11:16
「yayo」は、美味しそうなガイヤーンの焼いているところを見つけた。 |
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■11:19
早速注文したのは、旨そうなガイヤーン(1羽)とソムタム(青パパイヤのサラダ)、付け合せの野菜とカオニャオ(もち米)。
そして、小さな女の子からステックライス(竹の筒にもち米と小豆を入れてココナツミルクで炊いたもの)を10バーツで購入。
これも旨い。 |
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■11:19
あと、ビールとコーラで典型的なイサーン料理をタイに来てから初めて食す。
「yayo」と顔を会わせ、お互いに満足する。そして、ソムタムを一つ追加注文した。
その後、レストランの駐車場で売っていたソムオー(ザボン)を買う。30バーツ。
この果物は、我々がタイで一番好きな果物だ
食事代は350バーツ。
早々のイサーン料理に満足。ここペチャブンはイサーンでは無いが、そこはマイペンライ。 |
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■12:19
21号線を直進し、ペチャブンに向かう。 |
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■13:04
21号線を走っているとタマリンドの人形があった。
何か、変な感じの人形だ。
タマリンドは、ここペチャブンの名産品だ。
タマリンドは、マメ科の植物で大きな豆の形の実になり、果肉の部分が食用になる。 |
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■13:04
タマリンドの人形の場所から、21号線のペチャブン市方面を望む。
相変わらずの片道2車線で、交通量の少ない素晴らしい道路だ。 |
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■13:34
ペチャブン県都に入る。
ペチャブンとは、「たくさんの宝石」を意味し、ペチャブン市は山々に囲まれパサック川が流れる盆地に位置し、土壌が肥沃で豊かな土地だ。
パサック川は、何処かで聞いた名前だな?としばし黙考。
…思い出した。アユタヤで泊まったホテルの脇を流れていた川だ。
こんなに離れた所で再会とは!懐かしい。 |
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■13:45
ペチャブンの街は小さいがまとまった感じがする。
まずは、車で一回りして見よう。
市内の中央公園は、堀で囲まれ大きな黄金のタマリンド像が置かれていた。
これも変な感じの像だ。
本当にタマリンドが好きな県だ。 |
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■13:45
反対側の役所の中庭には、たくさんの屋台が出店し大勢の市民で賑わっていた。
今日は、日曜日なので特別なのかな? |
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■14:06
ペチャブン市を後にして、21号線を走りカオコーに向かう。
21号線を左折し、2258号線に入る。
カオコーとは「コー山」の事で、ペチャブン県に連なる大小の山脈一帯をカオコーと言うらしい。
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■14:31
22キロほど舗装された山道を走ると、2196号線の分岐点がある。
ここを右折して、1117メートルのカオコー山頂を目指す。
そこには、タイ人民解放軍が活動した隠れ家と、タイ軍の兵士の慰霊碑があるはずだ。 |
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■14:40
2196号線のローギアでしか登れない日本では考えられないような急な山道を進む。
傾斜など全く無視した道路設計だ。
マ~ア、いかにもタイらしいと云える道路だ。
そこに、1970年代にタイ人民解放軍が活動した隠れ家がある。 |
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■14:43
資料館に入る、入場料10バーツ。
ポル・ポトの写真が展示されていた。 |
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■14:43
タイ人民解放軍の使用した武器と、レーニンとスターリンの写真。 |
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■14:47 タイ人民解放軍の隠れ家から眺めた景色。 |
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■14:56
隠れ家から少し走った所にある、標高1117メートルのカオコー頂上には、解放軍と闘って亡くなったタイ軍兵士の慰霊碑が建っている。
慰霊碑の周りは、綺麗な庭園に整備されていた。 |
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■14:56 カオコー山頂から眺めた景色、絶景だ。このカオコー一帯の景色を「タイのスイス」と言うらしいが、「ふうみん」はスイスに行った事が無いので論評できず。 |
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■15:27
カオコーを下る。
途中には、バンガローや別荘、リゾートホテルが散在し、この地がタイの高級避暑地である事を実感する。
2278号線は、ピサヌロークとノンカーイを結ぶ幹線道路の12号線にぶつかる。
ここを左折して、数キロ先のプーカオヒルのインペリアルリゾートを目指す。 |
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■15:37
プーカオヒルのインペリアルリゾートが見えてきた。
このプーカオヒルは、ホテル以外にも別荘がたくさん建っている。
この別荘地に、12号線から入る入口に英語の看板は無く、我々の車は行き過ぎてしまった。
所詮タイ人相手のローカルなリゾートホテルなのかな? |
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■15:44
プーカオヒルに点在する別荘の中に、インペリアルリゾートはある
メインの建物にてチェックイン。
そして、いく棟もある中で今晩宿泊する部屋に案内される。
綺麗に整備された環境に、まずは合格点。 |
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■15:47
ホテルの部屋は、2階の角部屋でなかなか広く、バルコニーから眺める景色も抜群だ。 |
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■16:10 ホテルの部屋から眺めたプーカオヒルの景色。この景色を見ながら、まずは一服。そして、シャワーを浴びてビールを飲んで、寝不足の為お昼寝だ。 |
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■18:19
夕食にロムサクに向かう。
12号線で30キロほどだ。
途中の道が、思っていた以上の深い山の中なのでビックリ。
工事中の所などは、気をつけないと谷底に真ッ逆さまだ。 |
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■18:23 ロムサク市街に入る。「ふうみん」は、基本的に宿泊したホテルでは夕食を摂らないで、地元の人が入る食堂で摂る事にしている。その方がず~つと面白いからだ。 |
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■18:27
ロムサク市街を、食堂を探して走る。
ロムサクはもとは独立した県で、後にペチャブンに併合されたとの事。
そのためか、小さいがまとまった街の印象だ。 |
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■18:52
感じの良い食堂は無いので、屋台での夕食としょう。
近くのコンビニにで、缶ビール2本とコーラ1本を購入。
代金は、69バーツ。
ビニール袋に入れて屋台街へ。 |
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■18:56
旨そうな屋台があった。豚の炭火焼だ。
ドラム缶を半切りにして網をかけ、炭火で串焼きの豚肉を焼いている。
肉の焼けるいい匂いが辺り一面に漂う。
「yayo」と、この屋台に決めて裏のテーブル席に座る。
座って見ていると、この店に次々と買いに来る客が訪れる。多分旨いのだろうと、期待する。 |
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■19:03
期待を裏切らず、この屋台で食べた豚の炭火焼は絶品だった。
焼きあがった豚肉は皮はカリッとし、脂肪の脂は網から下に落ち柔らかい旨みが残る。
それに豚のトムヤムのスープ。これもいける。 |
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■19:10
そして、ビールがすすむ。
外の風が気持ちがいい。
屋台のオヤジさんの出してくれた水がすごく美味しい。
ここロムサクは、水と土壌がすごく良いようだ。総てが旨い。
代金は130バーツ、チップ20バーツ。
非常に満足。 |
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■19:33
ロムサクの屋台は、町の規模の割りにたくさん出ている。
昼に買った大好きなソムオーをホテルで食べてしまったので、またソムオーを買いに夜市を捜して購入。(写真の車はレンタカー)
ここ、ロムサクは豊かな自然とのどかな人情のとてもいい町だった。
そして、夜の漆黒の山道の12号線を飛ばして、一路ホテルへ。
今日は疲れたので、早めに就寝。 |