26 房総半島から鳥栖神社、鹿島神宮を巡る 2021.04
早朝、自宅を家人の「yayo」と出て首都高を走る。

アクアラインの「海ほたる」に入り、マリンコートで「あさりそば」の朝食を摂る。



「海ほたる」から眺めた、川崎方面。



こちらは、「海ほたる」から眺めた千葉方面。


「房総フラワーライン」を走り、最初の目的地「洲崎神社」に駐車する。

随身門の裏手から、150段の階段を登る。


神武天皇の命を受けた天富命が肥沃な土地を求めて阿波国へ上陸し、この地を開拓した。

また、洲崎神社は石橋山合戦に敗れて安房へ逃れた源頼朝が戦勝祈願した神社。

安産・航海安全・豊漁・五穀豊穣や厄除開運の守護神として信仰を集めている。


「神石」。

竜宮から洲崎神社に奉納された2つの石の1つとされ、もう1つは対岸の三浦半島にある安房口神社に祀られている。

安房口神社の石は口を開いていることから「阿形」を、洲崎神社のものは裂け目の様子から「吽形」とされ、2石で東京湾の入り口を守っているという。


安房神社(あわじんじゃ)。

神話時代に阿波地方(現在の徳島県)から渡ってきた忌部氏(いんべうじ)による創建という。

また、「安房」の国名・社名はこの阿波忌部の移住・開拓から起こったといわれている。


本殿裏の吾谷山(あずちやま)の湧き水。

「お水取り」の儀式に使用される。。



「野島崎」は、南房総市の太平洋に突出する岬。そこに鎮座する「三峯神社」。



「海神」。頼朝が雨を凌いだという岩屋は、「伝説の岩屋」と称されている。その岩屋には、深海に棲むという創造の大蛸が海神として祀られた。


「道の駅 ローズマリー公園」で一休み。

この道の駅には、中世のイギリスの雰囲気を味わえる建物がある。



勝浦の海辺にあるイタリアンレストラン「ラグタイム」に入り、ビールを飲みながら太平洋の荒波の風情を楽しむ。


イタリアンレストランであるが、勝浦名物の「タンタンメン」を食する。

まあ、こんなモノなのでしょう。



九十九里有料道路をドライブして、「飯岡刑部岬展望館」から、広大な太平洋と九十九里浜の湾曲した長い海岸線を望む。


鳥栖市にある「コンフォートイン鹿島」にチェックイン。



夕食は、和食店の「まほろば」に行く。

先ずは、刺身の盛り合わせから。


イカの丸焼き。


かぶと焼。


その他の料理と、熱燗をいただく。






朝一番は、ホテルから直ぐ近くの「鳥栖神社」へ参拝。鳥栖神社は、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮、千葉県香取市の香取神宮とともに東国三社の一社である。

早朝の鳥栖神社は、清々しい空気に包まれていた。


緑の桜「御衣黄(ぎょいこう)」。



一の鳥居の両側には「忍潮井」と呼ばれる2つの井戸があり、「日本三霊泉」の1つという。井戸はそれぞれ「男瓶」「女瓶」という名の2つの土器から水が湧き出ている。


一の鳥居の直ぐ近くにある「猿田水産」に「しじみ直売」の登りを見て入る。

大洗の涸沼産の「活しじみ」の特大を購入。

・・・「yayo」が、また買いに行きたいねという。



続いて「鹿島神宮」を参拝。この神社は紀元前6世紀に創祀された、東国最古の一つに数えられる神社。 武道の神の武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)を祀り、ご利益が勝利祈願・必勝祈願のパワースポットという。



「楼門」楼門の一つに数えられる楼門は、高さ約13m、重要文化財に指定されている。寛永11年(1634年)、水戸徳川初代藩主の頼房により奉納された。



「摂社 奥宮」の社殿は、慶長10年(1605年)に徳川家康が関ヶ原戦勝の御礼に現在の本殿の位置に本宮として奉納したものを、その14年後に新たな社殿を建てるにあたりこの位置に遷してきたもの。



「御手洗池」は、1日に40万リットル以上の湧水があり、水底が一面見渡せるほど澄みわたった池。昔は参拝する前に、ここで禊をした。御神木が龍のようだ。



鹿島神宮から北湖沿いを走り、「行方市観光物産館こいこい」に到着。霞ヶ浦の遥か遠くに筑波山を望める。


行方市観光物産館から近くの「さぬきうどん天霧玉造店」で、天ぷらざるうどんの昼食を摂る。


行方市観光物産館へは北湖沿いを北上した。

今度は霞ヶ浦に沿って南下して、「犬吠埼灯台」に到着。

付近を散策し、雄大な太平洋の景観を堪能。



東映映画のオープニングの「荒磯に波」は、この場所だったとは・・・知らなかった!


「道の駅 季楽里あさひ」で休憩し、銚子連絡道路を通り、松尾横芝ICから圏央道に入り帰宅した。
イサーンの大地走行2000キロプラス 小さな旅のアルバム
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