21-1 軽井沢の別荘、2泊3日の旅 2018.10
今回の旅は、軽井沢にある健保の保養施設の別荘に2泊して、その周辺を巡ろうと思う。

家人の「yayo」と早朝に出発し、「上里SA」で朝食を摂る。



「沼田城址」着いた。目の前には、立派な鐘楼が鎮座している。この沼田城は、天文元年(1532年)に万鬼斎顕泰が築いた。天正8年(1580年)に、真田昌幸が入城し城の規模を広げた。天正18年(1590年)に、長男の信幸が沼田領2万7千石の城主となった。


「真田信之と小松姫像」

2016年1月に、NHK大河ドラマ「真田丸」に合わせて建立されたという。



「名胡桃城址」は、戦国時代に名胡桃景冬が築城。天正17年(1589年)に、豊臣秀吉の仲介で北条氏に上野を与え、真田氏には名胡桃一帯の支配を認めた。だが翌年、北条氏が名胡桃城を攻撃したため、怒った秀吉は北条氏を攻め滅ぼし、天下統一を成した。


六文銭。


「道の駅 中山盆地」に併設された「高山温泉 ふれあいプラザ」に来たが、10時開館との事で、入湯できず。


「高山温泉 いぶきの湯」に入湯。

高山村の温泉の源泉で、温度は64度、それを薄めて43.5度の「ちょっと熱め」の温泉だ。

泉質は、ナトリウム・カルシウム・塩化物温泉。


「道の駅霊山 たけやま」に到着。

嵩山(たけやま)は、古代から霊山として中之条の各地から信仰を集めていた。

山内には「嵩山三十三番観音」が点在し、その麓にあることなどから、道の駅の名は「道の駅霊山 たけやま」と名付けられた。


道の駅内の茅葺き農家を移築改造した「そば処 けやき」に入る。

石臼で挽いた地元産そば粉十割の手打ち「天ぷらざるそば」を食する。

大変に美味しい。


「そば処 けやき」の前にある「親都神社」。

創建は不詳だが、境内の古くは「吾妻七社明神」の中心的な神社「和利宮」があった場所だという。


「牧水清水」で給水。

ここには、若山牧水の歌碑が設置されている。


「道の駅 六合(くに)」で一休み。


「草津ホテル1913」で入浴しよう。

このホテルは、1913年創業。当初流行していた洋館風建築を取り入れ、今現在に至っている。


ゆったりと誰もいない温泉を満喫。

源泉名は、「西の川原」の「琥珀の池」で温度は49.5℃。


「デリシア 軽井沢店」で、夕食の食材を購入。



健保の保養施設の「軽井沢の別荘」に着いた。ここに2泊する。






早朝の別荘地を散歩する。ドウダンツツジがまっ赤に紅葉していた。



別荘地の朝は清々しい。



快晴の「鬼押ハイウェー」をドライブする。ここを左折すると鬼押出し園だ。



続いて「万座ハイウェー」をドライブ。「ホテルグリーンプラザ軽井沢」の赤い屋根が印象的だ。



万座ハイウェーから、「四阿山」を望む。


「日本国道最高地点碑」標高2.172メートル。



日本国道最高地点碑からの眺めは、残念ながら霧がかかり良くない。多分、横手山ドライブインから眺める北アルプスの絶景もダメだろう。


「道の駅 北信州やまのうち」の食堂で昼食にしよう。


天ぷらそばを食べる。

道の駅の食堂にしては、良いほうだろう。


「万座温泉湯めぐり手形」を購入し、未入浴の温泉施設に入ろうと思う。


「万座プリンスホテル」に入浴。

標高1800メートルの露天風呂からの眺めが最高だ。


続いて、「万座高原ホテル」に入浴。

7つの石庭露天風呂が面白い。



万座温泉を堪能して、軽井沢の別荘に帰ろう。





別荘の庭。



別荘地を朝の散歩。2泊した軽井沢ともお別れだ。


国道18号線の旧道を走り、高崎市に向かう。

「めがね橋」の横を走る。

めがね橋は、明治25年4月に建設が始まり12月に完成。

芸術と技術が融合した、美しいレンガのアーチ橋だ。



「保渡田古墳群」の中の「井出二子山古墳」は、全長約108m、3段築成の前方後円墳で葺石・埴輪を備える。周囲には堀と堤が巡らされている。



「保渡田八幡塚古墳」は、広大な二重の堀を巡らし、多量の埴輪を立て並べていた。



「かみつけの里博物館」は、榛名山東南麓で出土した5世紀後半(古墳時代)の人物・動物埴輪や当時を再現した模型が展示されている。


「そば処 おおの」で、昼食を摂ろう。


ハートランドビールで、のどを潤す。


「野菜天セイロ蕎麦」を注文した。


「群馬県立歴史博物館」は、1979年に群馬の森の敷地内に内に開館した県立の歴史博物館。



土製耳飾り  千綱谷戸遺跡  縄文時代晩期


土器

重要文化財

房谷戸遺跡

縄文時代中期


西関東を中心とする「勝坂式」の深鉢型土器で、屹立する剣先状突起が個性的だ。



左、土版 板倉遺跡 縄文時代晩期   中、土版 板倉遺跡 縄文時代晩期
右、土偶 天神原遺跡 縄文時代後期



国宝に指定された「群馬県綿貫観音山古墳出土品」を展示している。造形に優れた埴輪群像やきらびやかな副葬品の数々は、被葬者の権力の大きさを物語っている。



「上野三碑」とは、群馬県ー古代上野国ー高崎市南部地域に所在する、飛鳥・奈良時代に造立された3つの石碑(山上碑、多胡碑、金井沢碑)の総称で、レプリカが展示されている。。



「綿貫観音山古墳」は、墳丘長97mの大型の前方後円墳。後円部に築かれた横穴式石室は未盗掘で、出土した副葬品には、国内最古の銅水瓶など、他に例のない希少な資料が含まれていた。


今から約1400年以上前の6世紀後半に造られた前方部から、後円を望む。

歴史のロマンを感じるひと時だ。


近くにある、「高崎玉村スマートIC」から、関越道に入り帰宅しよう。
イサーンの大地走行2000キロプラス 小さな旅のアルバム
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