イサーンの大地を疾走する一台の車がある。森を抜け、平原を走り、知られざるクメール遺跡を訪ね、赤い大地を走り続ける一台の車がある。その車は東へ、西へ、南へ、北へ、タイ全土を縦横無尽に駆け巡り、私たちの知らないもうひとつのタイランドへと誘ってくれる。風の音、雨の匂い、乾いた大地、打ち寄せる波、見知らぬ村々とそこに暮らす人々。朝靄に包まれた町がある。山々に沈む夕陽がある。漆黒の闇夜がある。いつかどこかで見たような懐かしいタイ王国原風景の数々。そのすべてが新鮮な驚きをもって私たちに迫ってくる。

 タイを紹介するホームページは数え切れないほどある。中でも「イサーンの大地走行2000キロ・プラス」は、数あるURLやブログとは一線を画し、その頂点に立つ素晴らしい内容だ。これはもはや文化の領域であろう。タイをこよなく愛する作者ふうみん氏と奥方yayo氏のタイ王国ドライビング・レポートであり旅日記。アクセス回数11万回に及ぶこのホームページは既にご存知の方も多いことと思う。今回は筆者も一ファンとして、あらためてこの傑作URLを広くご紹介したい。タイ各地を自由に巡りたいと思う方々にとって、このホームページは良き指針となりバイブルとなる。百聞は一見にしかず、先ずは驚愕の“ふうみんワールド”にアクセスしてみよう。

http://www13.ocn.ne.jp/~isan

 
200311月、東北タイはウボン・ラチャターニー県の東、ムーン川とメコン川の合流点を目指す「ムーンリバーの誘惑」から始まる本編はタイ全土からカンボジア、ラオスまで巡り、20091月の「クメールの残滓を探しに」まで既に14編。走行距離はなんと三万キロに迫る。加えて「タイの地方ホテル案内」や「イサーンの街角スナップ」など東北部や北部を中心としたコンテンツ、更にふうみん氏の真骨頂、「タイ(イサーン)のクメール遺跡」、「カオプラヴィハーンへの招待」、「クメールの誘惑」、「ナーン寺院壁画への招待」などのスペシャル・コンテンツはどれもが時間を忘れさせてくれる傑作揃いだ。

 200251日号から始まった本連載稿とふうみん氏の旅は多くの地点で重なっている。しかし、“ふうみんワールド”には無精者の筆者がタイ各地に置き忘れてきたもののすべてがある。各編を彩るみずみずしい写真の数々はどうだろう。何気なく通り過ぎてしまった村々、人々、そんな気にもかけない旅の原点がひとつひとつ丁寧な写真と文章で切り取られ、更に詳しい地図や移動時間の記録までもが付いている。特にクメール文化や遺跡についての記述は他の追従を許さないものがある。ともすれば、難解で専門的になりがちなこうした記述が、数々の美しい写真とともに誰が読んでも分かりやすく解説されている。旅に何を求めるかは人それぞれであろう。氏のホームページは示唆に富み、外国を旅する楽しさプラス何か、ともすれば私たちが忘れがちな「何か」を思い出させてくれる。

 氏の旅はイサーン各地に点在する知られざるクメール遺跡に魅せられて始まる。ひとつの遺跡を訪ねる毎にまた湧き上がる新たな思い。素朴な疑問は更なる探究心を呼び、やがて一枚の地図から800年の時空を超え、アンコール遺跡から続く「王道」を訪ねる旅へと昇華されてゆく。イサーン各地にはカオプラヴィハーンやパノムルン、ピーマイ遺跡に代表される様々なクメール遺跡が点在する一方、草木に埋もれ、朽ちかけた多くのクメール遺跡が残っている。忘れられた遺跡のひとつひとつを訪ね、アンコール遺跡からイサーン各地へと続く「王道」の謎を解き明かし、遥かアンコール遺跡群へと至る旅。このあたりの記述は圧巻であり、クメールの歴史や文化に疎い筆者もまた読み返す度に“ふうみんワールド”の虜になってしまう。

 北部タイのナーン市にワット・プーミンという寺院がある。更にここから北に小一時間ほどの地、ナーン川西岸にあるタイ・ルー族の村にワット・ノンブアという小さな寺院がある。双方の寺院はともに北タイ有数の名刹であり、それぞれの本堂には類稀な美しい壁画が残っている。「ナーン寺院壁画への招待」ではこれらの壁画についても詳しい解説が述べられる。見やすく補正された写真の数々。この項もいったん入り込むとなかなか抜け出すことができない。一枚の写真が切り取った古い壁画のなんと饒舌なことだろう。この一文を読んで寺院を訪れることが出来たなら、あなたの旅は既存のガイドブックでは及びもしない楽しくも充実した旅になること請合いである。

 タイ各地の辺境から国境を越えて近隣諸国にも及ぶ氏の旅。「ラオスひとり旅」では首都ビエンチャンからルアンパバーンへ。更に、遠く南ラオスのパクセーヘ。一枚一枚の写真が懐かしく心に染み入ってくる。ビエンチャンのラーンサーンホテル、メコン河岸の屋台レストランとビアラオ。ルアンパバーンでは早朝の托鉢風景やプーシーの丘、メコンの流れと素朴な夜のマーケット。ここではひとり旅の楽しさが凝縮され、そこに漂う匂いまでもが伝わってくる。中高年、いや、世代を超えて、外国への旅はかくありたいと思うのは筆者ばかりではあるまい。

 見知らぬ地への旅、それは誰もが心の中に持っている遠い憧れだ。では、心に残る楽しい旅をするにはどうしたらよいのだろう。「イサーンの大地走行2000キロ・プラス」、その長い旅の第一歩で氏は次のように語る。「私のタイへの個人旅行の考え方は、国内も海外も同じである。東京から、北海道や九州に旅行するのと同じように、まず、飛行機を予約し、レンタカーを予約し、ホテルを予約する。後は、観光、食事を自由に組み合わせ、多くの選択肢の中から選んで行動する。もちろんタイに少しは馴れているとはいえ、外国である事は十分考慮しなくてはならないと思うし、自分で行動した事のすべては、当然自己責任である。以前タイで購入した数冊の地図と、ガイドブックやネットで色々調べ次の予定日程を作成した。これにもとづいて予約に入った。後は、ほんの少しの勇気と行動力だ」。

そう、どのような旅であれ最後は「ほんの少しの勇気と行動力」なのである。本稿の執筆にあたって筆者も何度となくタイ全土を旅してきた。そして幾度となく「もう、タイはいいか・・・」と思ったものである。そんな時、いや、その度に“ふうみんワールド”は新たな旅への思いを奮い立たせてくれた。もう数え切れないほど訪れたタイ各地。それでもまたイサーンの大地に降り立ち、抜けるような青空、降り注ぐ陽射しと暑さの中でいつも思うことがある。「あぁ、やはりタイの田舎はいい。帰ってきて良かった・・・」と。氏の次なる旅は私たちを何処へ連れて行ってくれるのだろうか。


T. Oda / january, 2010

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